見出し画像

感情の消えた夜 境界線 II

一点の晴れ間もなく

最初に会話をしたのは平日の真昼間。仕事にはなれてきたし嫌だというわけではなかったけれど今日は別の何かをしたいと思い初めて仮病を使い休み喫茶店へ足を向けた夏の始まりだった。

オフィス街でもないし他の常連客も居なくて、初めてマスターとゆっくり話した時でもあったかな。
あまりよく覚えていないけれど、奥さんの話や私のよく知らない映画の話をしていた気がする。

小一時間経ちそろそろ何処か別の場所へ行ってみようかと思った頃彼は突然訪れ「マスター、面白い映画持ってきたからこれでなんか飯食わせてよ」と。彼らは昔馴染みだからなのか物々交換での飲食を時折行っていたのだ。
「ご馳走様です。」と会計を済まし店を出ようと思ったその時「あー ねえ用事があるならいいけどさ、よかったらもうちょっと話してかない?俺ら付き合い長いから二人だと話す事も決まっちゃってるし、人多い方が楽しいじゃん。奢るからさー。」と声を掛けられ、マスターも「たまにゃいいんじゃない。」と言うものだからもう少し居座る事にした。

呼び止められた所で二人は私に話題を振るわけでもなく、お互いの芸術や社会に対する考えを語り合っている。残った意味があるかないかはさておき。

彼は「色々な価値観や認識、見解があって良いと思うんだよね俺は。」
続けて
「反するものとぶつかり合い語り合うのも悪くないだろうし、手を取り合うのも競い合うのもありだろう。生まれて何かを知っていくと言うことはどこかへ偏って行くようなもんなんだからさ。それにこの星に生まれた時点で俺達は大きく偏っているじゃん。この中で更に平均化したら世も末だぜ。」と言って笑った。
マスターは「一理あるかもな、まあどう感じるかは十人十色って言うくらいだしどれを取ったっていいんじゃねえの」と笑った。
彼はこう言う「間違いねえ。あ そういや君この映画知ってる?つまんないっしょー。けど見入っちゃうよね。」と一言。
そして二人はタバコを吸いながらまた映画の続きを観る。

基本的に彼らはお互いの意見を求めていないし話を聞いている様で聞いてない。きっとそれが居心地がいいのだろう。

空気?いや霧の様な。

一点の晴れ間もなく、穏やかな始まりの一日だった。

感情の消えた夜 - 境界線 ⅱ - アルバム下書スケッチ

いいなと思ったら応援しよう!