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感情の消えた夜 境界線 Ⅵ
真夏の静かな休日に
彼と私は珍しくいつも行かない場所へ来ていた。
夏休みという事もあるのだろうけれど、どの店も混んでいる。
本当はマスターの店でいつも通り食事をする予定だったのだけれど「いや今日混んでるしお前らたまにはいつも行かない場所とか行きなよ。」とマスターに追い返されいつもと違う街へ電車に乗って向かい彷徨うことになった。
「賑やかだなどこも。普段どこにこの人達は潜んでるんだ。電車に乗るまでこんなに待つなんてただでさえ暑いのによ。」彼は人混みが苦手だったし、並ぶのは本当に嫌いだった。
「仕方ないよ、夏休みだしみんな考えてる事は同じなのよ。こういうのも楽しいじゃない。」私はそう言って彼の意識をそらす。
目的地についた私達は煙草の吸える場所がいいというので30分近く歩いてようやく、初めてくる潮の香りが脳裏をよぎる喫茶店を見つけて入る。
店の中はゆとりがあって新しいお店の様だったけれど、どこか懐かしい雰囲気がして色々な人々の会話が微風と共に流れていた。
「暑いね、私甘くて冷たいものが飲みたいな。サイダーにしようかな。何飲む?」と私が聞くと彼は「アイスコーヒー。ガムシロとミルク3個ずつ。」と答えた。いつもと同じ。いっその事カフェラテとかにすればいいのにって思うけど、それは違うらしい。
彼は明らかに苛立っていたけれど、私は見知らぬお店に入るのが好きだったし、彼といつもとは違う場所にこれた事が嬉しくて仕方なかった。
注文した飲み物が机に置かれ、タバコに火をつけて少し落ち着きを見せた彼を見て「いつもなら飲み物が来る前に火をつけるのに、少し緊張しているのかな。」と彼が可愛く思えてちょっぴり心が跳ねる。
「何にやけてんの。なんか面白いことあった?」と横目で彼が言ったけど私は「なんでもないよ。」と答え水を飲み外を眺めて「この後どこに行こっか。たまには水族館とか、二人で行ったことのないところに行ってみたいな。」と話しを逸らした。別に本当にどこかへ行きたいわけではない。
元々彼は口の良い方ではないけれど、最近はどうやら仕事がまく行っていないみたいで、相反する物事に対しての批判が少し多くなっていた。
「いいけどさ、別にこんな夏休みの土曜であからさまに人が多い時に行かなくてもいいじゃんよ。」「ていうかさ、どいつもこいつも誰のものでもないはずの大地を我が物顔で歩いて占拠してさ。楽しんでるのはいいけど、少しは楽しめない者の事を考えやしないのかね。別に俺はいいんだけど、人間以外にも生き物はいるんだし自分らの事なんだと思ってるのかね。よくもまあこんなにも増えたもんだ。どっか行くなら人少ないとこにしようぜ。」と彼はタバコの煙とため息を吐いた。
一言二言余計だし、ほとんどブーメランである。
あなたもその中の一人じゃないと、言えなかったけれどそう思った。いつものことだけれど。
「飲み終わったら土手を散歩して夕焼けでも眺めながらお家にかえろう。この間あなたが作った曲、もう一回聴きたいし机の上に置いてあった映画が気になるからさ。」と私は彼に言った。
彼は「いいね、そうしようぜ。あの映画はおすすめだよ。下らないけど面白い。」と少し表情を明るくする。
彼と私は夕焼けを眺めながら、一駅先まで歩き電車に乗っていつもの街に戻った。
もう私はなんでもよかったのだ。彼さえ居なくならなければ。
明日は日曜日。
帰り道、丘を縫う急な坂道をのぼり切ると
少し息が切れて、視界に広がる窓の灯りと
大きく広がる夜空を駆ける星々の光が
瞳に写って流れ落ちた。
真夏の深夜、行くあてのない影を踏む。
感情の消えた夜 - 境界線 Ⅵ - アルバム下書スケッチ