単焦点レンズで写真が上手くなる、は本当なのか?
答え:本当です
……これだけで終わっても説得力がないので、以下で説明しますね。
まず、「上手くなりたいなら単焦点レンズを使え」というのは正しいです。
なぜか?
それを知るために、まずはズームレンズと意志決定について理解する必要があります。
●ズームレンズと意志決定について
今どきのズームレンズは優秀です。
特にミラーレス時代になってからは顕著でして、NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 Sをはじめとした2.8通しはとんでもなく写ります。
Canon RF28-70mm F2 L USMのようなモンスターレンズもありますね。
実用上はすべてズームレンズで問題ないと言えるでしょう(値段はこの際置いておきます)。
遠くの風景から近くの花までなんでも撮れる。
しかも描写面では隙がなく、便利すぎるほどに便利。
この便利さこそが最大の問題です。
どういうことかというと 「選択肢が増えすぎる」のですね。
例えばあなたが、24mm-105mm、開放値4のズームレンズで渋谷を撮影するとしましょう。
被写体はそれこそいくらでもあります。
なんでも撮れるし、なんでもできちゃいますよね。
この「なんでもできる」が罠なんです。
なんでもできるがゆえに、決めることが増えすぎるんですよ。
などなど、数え切れない。
ベテランなら無意識に処理できるのでしょうが、はじめたばかりの頃はそうもいきません。
問題は、人間は決めるたびに意志のリソースを消費するということです。
"Decision fatigue"--日本語では「決断疲れ」「意志決定疲労」と呼ばれる考え方があります。
細かい部分は諸説ありますが、ざっくり言うと
「人間は決めることで少しずつ意志力を消費する」
「意志力を消費しすぎると、決断の質が低下する」
という概念です。
となれば。
「なんでも撮れる」がゆえに、意志決定のプロセスが増えすぎる。
具体的に言えば、本来、構図やシャッタータイミングに集中すべきエネルギーを、他で消費してしまうわけです。
ズームレンズは意志決定を多く必要とする、と書いてもいい。
では、単焦点レンズではどうでしょうか?
●単焦点レンズのメリットは?
単焦点レンズには制約が多いです。
ズームと違い、なんでも撮れるわけではない(トリミングや合成前提なら話は別ですが、ここでは置いておきます)。
35mmレンズ一本勝負では、ボケてエモい桜ポートレートは難しい。
135mmレンズだけだったら、古い洋館の内観撮影は苦戦するでしょう。
「なんでも撮れる」ではなく「これしか撮れない」。
それが単焦点レンズです。
逆に言うと、それが単焦点レンズ最大の武器です。
「何を、どうやって撮るか」に絞ればいい。
というか、絞るしかない。
「あれも撮りたい、これも撮りたいし、撮れる」ではない。
「撮りたいけどあれは無理だ」「でもこれなら撮れる」なわけです。
考えることがシンプルになるんですよ。
決めることが減るので意志力も残せる。
脳のリソースを、構図とシャッタータイミングだけに使えるわけです。
撮れるものしか撮らないし、撮れない。
その代わり、最高のタイミングを狙う。
最良の光を読みとり、撮影の時点で構図を整え、ベストの一瞬を切り取る。
名作「シンプルということ」でKen Rockwellはこう書いています(原文はこちら)
まさにこれに尽きます。
ズームレンズは便利で優秀であるがゆえに、「被写体を見出し、撮る」に使うエネルギーが削がれてしまう。
一方で、単焦点レンズなら選択肢が少なく、シンプルだからこそ本当に大事なことに集中出来る。
それは上手くなるよね、という話なんです。
こればかりは騙されたと思って試してみてほしい。
例えばですが、28mmレンズ一本でスナップを撮り続けてみてください。
一ヶ月もやれば、絶対に写真が変わりますよ。
●まとめ
そういう話をしてきました。
繰り返しますが、ズームレンズは便利です。
あれほどありがたいものはそうそうない。無意識レベルでいろいろと処理できるなら強力な武器でしょう。
私の周りのプロカメラマンでもズームをメインにしている人は珍しくありませんし、「旅行で友だちといろいろ写真を撮りたい」といった場合には最高で最強です。
ただ、はじめのうちはやはり難しい。
考えることが増えすぎてしまう。
あれも撮りたい、これも撮りたいとなり、そのうちに脳が「決断疲れ」をおこしてしまう。上手くなる、どころではなくなってしまうわけです。
この意味で私は単焦点をおすすめしています。
コンパクトでかわいいのも多いですしね。
では、本日はこのあたりで。
●おまけ
レンズに関する本は世に山ほどありますが、マイベストの一冊がこちら。
昨年逝去された写真家、飯田鉄さんのレンズエッセイです。
文学や随筆のような味わいがあり、とても品が良い。
とりあげられたレンズも魅力的で、好きな方ならたまらないんじゃないかな。
レンズ本は山ほどあれど、本書に近いものはないと思います。
おすすめ。