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夫が「がん」になった話⑧▶治療結果
ここまでの出来事
2024年2月頃、夫は肺炎のような症状で咳が止まらない状態が続きました。その後、3月には左目が腫れ、突出し始め、4月末には貧血を伴うほどの大量の鼻出血が起きました。5月初旬、地元の耳鼻科で腫瘍が見つかり、5月中旬には市民病院でCT撮影や検体採取が行われ、「がんの可能性」が示唆されました。そして5月下旬、検体検査の結果「鼻腔がん」であることが確定しました。
6月上旬にがん専門病院へ転院し、精密検査と診察を経て、本格的な治療が始まりました。
治療結果を聞いた時
最後の治療から2か月が経ち、ついに治療結果を聞きに行く日がやってきました。あれほど遠い先の話だと思っていたのに、振り返るとあっという間でした。夫のがんが分かって以来、私はあえて未来のことを深く考えないようにしていました。未来に思いを馳せることが無自覚な期待に変わり、良い未来しか考えなくなってしまうのが怖かったのかもしれません。
現実から目を背けるのは簡単ですが、それでは必要な行動を瞬時に取れなくなる可能性がある――そんな思いがあり、「病気が治ったら」という想定を避けてきました。その代わりに心がけたのは、「できるだけ楽しい1日を過ごす」ということ。夫も私も今日という日を大切にし、美味しいものを一緒に食べたり、一緒にストレッチをしたり、近場に出かけて楽しんだりと、日常を積み重ねました。
そうして過ごすうちに、ついに11月中旬が訪れました。予約は11時でしたが、主治医に呼ばれたのは12時――その間の1時間の待ち時間はとても苦く、長く感じました。診察室に入ると、主治医はいつもと変わらない落ち着いたトーンで話を始めました。
治療結果
MRIおよび造影剤CTの結果として、腫瘍の8~9割が消失しており、非常に喜ばしい内容でした。懸念されていた硬膜の播種については、11月中旬時点では播種ではない可能性が高いとの見解でした。以前MRIで見られた左右差のある肥厚もほぼ解消しており、もし播種であった場合にはもっと顕著な凹凸や肥厚が見られるはずだと説明されました。また、脳実質への浸潤は非常に小さくなり、鼻腔内の腫瘍も目に見えて縮小していました。
しかしながら、残った腫瘍に活動中のがん細胞が存在しているのか、あるいは治療後の変異によるものなのかはまだ判断がつかないとのことでした。この点については、2か月後に再度MRIと造影剤CTを撮影し、腫瘍の増大や縮小を確認した上で改めて評価する必要があると説明されました。したがって、確定的な判断は少し先延ばしとなりました。
また、陽子線治療の影響がまだ夫の体に残っており、照射箇所に顕著な炎症が見られる状態でした。その影響で鼻詰まりが続き、目の奥の痛みや頭痛も時折起こるため、不安は完全には拭い去れませんでした。
感じたこととこれから
結果として、手放しで喜べる内容ではありませんでしたが、非常に良い治療結果を得られたことは確かでした。これまでの日々を振り返りながら、夫とともに少しだけ安堵しました。
次回の診察は2か月後、1月中旬です。この間、新たな治療はなく、「これ以上悪化しませんように」と祈る気持ちで日々を過ごす予定でした。この次の週、念のためPET-CTをやりましょうという主治医の提案があり、事態が急変します。