【歴史】 大正〜昭和の教訓: 過去と向き合い、未来を見つめるために…
昨日は関東で地震がありましたね。
帰りの電車でトンネル内を走行中に緊急地震速報が鳴ったので、正直「終わったかも…」と思った次第です。
今回はコロナ第11波、原爆の日&終戦記念日、日経平均の大暴落、宮崎・神奈川で起きた地震から思うことについて書いていきたいと思います。
重なる「大正〜昭和の時代」
新型コロナウイルスが蔓延してから、ロシアとウクライナの戦争が始まり、第一次世界大戦後と重なる部分が多いことに気づいた方も多いのではないでしょうか。
スペイン風邪が流行ったのは1918-1921年。
世界的に流行したA型インフルエンザウイルス感染症のことで、20世紀に人類が経験した新型インフルエンザウイルスのうち、スペイン風邪は世界最大の死者(推定2,000〜4,000万人)を出したとも言われております。
そこから約100年経った2019年の12月。新型コロナウイルスが発見され、瞬く間に世界各地へ感染拡大していくことに。
(現在でも流行ってはいるものの)WHOのが発表した「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」をベースにすると2020−23年を「新型コロナウイルスの流行」と定義できるのではないかと考えております。
第一次世界大戦〜スペイン風邪の当時は知らないですが、我々現代社会に生きる人間も“感染症の恐ろしさ“を体感することとなりました。
気になる“南海トラフと首都直下地震“
世界的な感染症「スペイン風邪」の収束から2年後の1923年に発生した関東大震災。相模トラフを震源とする海溝型地震で、地震後に発生した火災旋風によって多くの死者・行方不明者(10.5万人)を出した日本国内では史上最悪の自然災害と言われております。
今年の年初に石川県能登沖で震度7の大きな地震が発生したばかりですが、やはり気になるのは「発生したら多くの死者・犠牲者が出る」と何年も前から言われている“南海トラフ地震“と“首都直下地震“ではないでしょうか。
新型コロナウイルスの世界的な収束時期を2023年と定義するとその2年後は2025年。一昨日の宮崎での地震、昨日の神奈川の地震を見る限り、そろそろいつ起きてもおかしくないという覚悟と備えは必要だと個人的には思っております。
筆者は東京に住んでいるので、南海トラフはかろうじて大きな被害を免れたとしても首都直下だった場合、もろに被害を受けることは間違いないです。
子どもが生まれたこのタイミングだからこそ回避あるいは最小限にすべき重大リスクと認識しており、どうリスク分散できるか日々考えているところです。
世界恐慌から2回目の大戦へ
関東大震災から6年後に今後は世界的な経済不況(世界恐慌)となります。
事の発端は1929年にニューヨーク株式市場で株価が一斉に大暴落したことで、以後長期にわたり世界中へ不況が拡がっていくことに。
先日、日経平均株価が大暴落したことは記憶に新しいですが、「積み立てNISAが…」で済めばまだ良いもの。
当時は(1930年代後半までの)長期にわたる恐慌から世界各国が脱出策を模索する中で対立を深めていき、結果として日中戦争、第二次世界大戦が起きてしまうとなってしまいました。
スペイン風邪と関東大震災は、自然の摂理の中で起きた“避けようのないこと“でしたが、世界恐慌と第二次世界大戦は人類が作り出したものの中で発生した「人災」であり、人々の「不安」や「恐怖」といった心のダークサイド部分が表面化しつつある現代社会にとっても決して人ごとではない状況だと思っております。
過去と向き合い、将来を見つめる
残念ながら国家単位で戦争が始まった場合、我々国民にはどうすることもできないのは第二次世界大戦で証明されてしまっております。
ただ過去に起きた惨事と向き合い、その時どんなことが起きたのか。どうすれば避けられたのかなどを考えてみる。そしてそれをどうやって自分の将来に活かしていくのか、各自が自身のライフプランを見つめ直してみることで、同じ過ちを避けることができるのではないかと思って(願って)おります。
我々日本人は幸いにも?過去の悲惨な出来ごとから、1年に何度か歴史を振り返ることのできる瞬間があります。その時だけでも祖先を想い、過去と向き合ってみることはいかがでしょうか。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます!