ショート百合小説《とうこねくと! ぷち》鏡よ鏡、どうか教えて!東子さまの気持ち
みなさん、こんにちは。北郷恵理子です。
「恵理子ちゃん、しばらく書斎にこもるわ。ひとりにさせて」
そう言ってご自身の書斎に入り、内側から鍵をかけた奥さま──神波東子さまの付き人をしています。
私は気が気ではありませんでした。
ここ最近、東子さまはそう言って、何時間も書斎に引きこもるのです。
「もしかして……」
私はポツリとつぶやきます。
もしかして、知らないうちに私が粗相をしてしまったのではないかと、最近の出来事を振り返ります。
朝ご飯のデザートに毎朝用意している、東子さまの大好きなプリンを切らしてしまったこと?
東子さまが取っておいたプリンを、間違って食べてしまったこと?
それとも、東子さまにプリンをお出しする際に転んでしまい、プリンを床に落としてしまったことでしょうか。
「……プリンのことばかりですね……」
思わずそうつぶやきます。
考えてばかりだと頭も固まってしまいますので、私は気分転換に洗面所のお掃除を始めました。
蛇口やボウルを磨いた後、鏡を磨こうと顔を上げます。
鏡に映る、私の顔。
不安と、ほんの少しの悲しさが入り交じった、私の顔。
『恵理子ちゃん』
鏡に映る私の後ろから、東子さまがそう言って現れ、今すぐ私を抱きしめてくれたらいいのに……
「ねぇ……鏡よ、鏡」
目の前の鏡にそっと指先を触れ、私はつぶやきます。
「この世で1番美しい人は、東子さまだってわかってる。私が知りたいのはそんなことじゃなくて……」
鏡の中の瞳を見つめ、大きく息を吸い込みます。
「東子さまの気持ち……。東子さまが今、何を考えているか……教えて」
鏡の中の自分がふにゃりと歪みました。
東子さまのことが大好きなのに、東子さまの気持ちがわからないことが切ない。
どんなに愛していても、手の届かないものがある。
「東子さま……」
ふにゃふにゃの声でつぶやいた、その時。
「恵理子ちゃん」
私の耳元で、その声はしました。
気づいた時には、私は後ろから抱きしめられていました。
私の大好きな……愛する人に。
「東子さまっ!?」
「私に黙ってなーに泣いてるのよ。私がいないのがそんなに寂しいの?」
「あっ……当たり前じゃないですかー!」
ポカポカと東子さまを叩く私。
ケタケタと笑いながら「ごめんごめん」と謝る東子さま。
こんな日常が、私は愛おしくてたまらないのです。
「ところで、最近どうして書斎にこもってるんですか?」
「えっ、それ聞くの?」
「聞きますよ! これ以上、私を泣かせないでください」
「うーん、そうよね……。でも……うーん……」
東子さまは少し考えた後、口を開きました。
「鏡に向かって、自分に話しかけてるの……」
「えっ?」
「最近、恵理子ちゃんが見てないところでちょっと食べ過ぎたり、夜中こっそりお酒飲んだり、プリン食べる量を増やしたりしてたから……『いくら食べても大丈夫よ。あなたはあなた。いつだって美しい神波東子よ』って……」
それを聞いた途端、今までの切なさはどこかへ飛んでいってしまい……
「何言ってるんですか東子さまっ! いくら食べても大丈夫なわけないでしょー! もちろん東子さまが美しいのには変わりありませんが、健康のためにも暴飲暴食は許しませんっ!」
「だから言いたくなかったのよー! ごめんってば恵理子ちゃぁぁぁん!」
私と東子さまの追いかけっこは、しばらく続きました。
今日は、鏡の日。
人には言えない自分の気持ち、自分の心を、鏡の前で思わずつぶやいてしまう日もありますよね。