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連載百合小説《とうこねくと!》東子さまへ届けたい唇(1)

 《前回のあらすじ》
 キスで東子さまの気持ちを悟った西條さん。
 その時の東子さまの気持ちを西條さんから聞き、自分の気持ちも再確認した恵理子ちゃん。
 聞きたい想いや伝えたい想いがあふれ出し、西條さんと南武ちゃんの声を背に、東子さまのお屋敷へ走って帰りました。



 みなさん、こんにちは。北郷恵理子です。
「はぁ、はぁ……」
 このお屋敷の主──神波東子さまの付き人です。

 海辺から全速力で走って帰ってきた私。息を切らし、ドクドクと脈打つ胸を押さえて、お屋敷の玄関前に立っています。

『違う……、違うの……』

 西條さんと南武ちゃんの言葉に、体を震わせ首を振った東子さま。

『……ごめん、なさい……』

 今にも泣きだしそうな東子さまのお顔が鮮明に浮かびます。

 東子さま……何が違うんですか……?
 怒っていたかと思ったのに、あんなに悲しいお顔で……

『あの時の神波さんは……神波さんのキスは……悲しい味でした……』

 西條さんが言っていました。
 あの時の東子さまの唇は、今にも壊れそうで、儚くて、涙の味がしたと。

 東子さまの付き人でありながら、その気持ちに気づけなかったなんて……
 東子さまがどんな気持ちでいたか、その気持ちを何もくみ取ることが出来なかったなんて……

 目の前のお屋敷が、涙でにじんでいきます。

 ああ……一刻も早くお話をしなければ。
 東子さまの気持ちを、ご本人から直接お聞きしたい。
 そして、私の気持ちを、私の言葉で伝えたい。

 この唇は、気持ちを伝えるためにある。

「……うんっ!」

 私は自分自身に返事をし、玄関の戸を開けました。
 廊下を歩き、私が一直線に向かったのは、東子さまの書架の前。

「東子さま」
 ドアの前でその名を呼びましたが、返事はありません。
 しかし、私はそこから離れるつもりはありませんでした。東子さまは必ずここにいる。私の勘がそう告げていました。
「東子さま」
 私はその名をもう一度呼びます。
 すると、ドアの向こうの書架の中でカタッと音がしました。

「……恵理子ちゃん」

 その小さな声に、胸がギュッと締まります。
 私はひとつ深呼吸をして、口を開きました。

「東子さま、私は……東子さまの付き人として失格です」

 ドアの向こうで、東子さまがひゅっと息を呑む音が聞こえました。
「付き人でありながら、東子さまの気持ちにも気づけなかったなんて……私は未熟者です」
「そんなこと──っ!」
 突然、東子さまが大きな声を上げましたが、途中で言葉を飲み込みます。そして、少し置いてからまたドアの向こうで声が聞こえてきました。
 
「そんなこと、ない……。あんな行動取ってしまって、大人げなかった私が悪いの……」
 最後は少しだけ言葉が震えていました。思わず、自分の胸元をギュッと握ってしまいます。

「……入って、恵理子ちゃん」
 東子さまのその声に、私は書架のドアを開きました。




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