連載百合小説《とうこねくと!》キスの理由、キスの意味、そして東子さまは……(3)
《前回のあらすじ》
西條さんがキス魔になった理由を知り、黙り込んでしまった恵理子ちゃんと南武ちゃん。
唇は時に言葉より雄弁だと話した西條さんは、自ら進んでキスをした東子さまの気持ちも読み取ったと話します。
その気持ちは、恵理子ちゃんにキス出来なかった理由にもつながると話す西條さん。
恵理子ちゃんは、東子さまがどんな気持ちだったのかを西條さんに尋ねました。
西條さんに自ら進んでキスをした、東子さまの気持ち。
あの時、東子さまは何を想っていたのでしょう。
私のことは、頭から消してしまっていたのでしょうか。
一体、どんな気持ちで──
「……北郷さん……?」
戸惑うような小さな声に、私は我に返りました。西條さんは心配そうに私を見つめています。
「あっ……すみません、ボーっとしてて」
私は慌てて咳払いをすると、大きく深呼吸をひとつしてから西條さんの方を向きました。
「お話、聞かせてください」
私がそう言うと、西條さんはまた切なそうに眉を下げたあとに口を開きました。
「あの時の神波さんは……神波さんのキスは……悲しかった……」
「悲しかった……?」
私は、その言葉の意味をとっさに理解することが出来ませんでした。
「今にも壊れそうな、儚い柔らかさの唇……。ほんの少しのしょっぱさもあって、それはまるで、涙の味……。それが、あの時の神波さんのキスでした……」
西條さんは自分の唇をもう一度指でなぞりました。その指先はかすかに震え、西條さんの表情にも戸惑いを感じます。
「私はとっさに悟りました……。私はもう、この人にはキスできないと……。そして、北郷さんにも……」
静かに目を閉じ、西條さんは切なげに眉を下げました。
「どうしてあの人にキス出来なければ、北郷ちゃんにもキス出来ないの?」
南武ちゃんが尋ねます。
「私の勘が、それを告げていました……。いろんな人にキスをしてきたけど、このおふたりは違う……」
そこまで言って、西條さんは顔を上げます。その瞳は何かを悟ったかのように澄み切っていました。
「もしかしたら、神波さんは……逃げていたのかもしれません……」
「逃げていた? 何から?」
しびれを切らしたように南武ちゃんが尋ねました。東子さまを目の敵にしていた南武ちゃんもまた、何かに急かされているように感じます。
「自分の中にある『感情』です……。その感情を認めたくなくて、逃げるようにキスをしたんだと思います……。そんなキス、悲しいに決まってます……」
東子さまの中の『感情』。
東子さまが抱いた『感情』。
私が南武ちゃんに抱き締められたあの時、それを目の前で見ていた東子さまのお顔を見て、その『感情』に私自身気づいていたではありませんか。
あの時の東子さまの『怒り』の裏に、『悲しみ』の感情があったとしたら?
その感情が唇を伝い、西條さんに届いていたのだとしたら……
「神波さんは……本当は自分でもわかっているはずです……。どんなことがあっても、本当は、北郷さんのことが──」
西條さんの言葉を待たずに、私は勢いよく立ち上がりました。
だって、その先の『答え』を私は知っている。
いえ。その答え以上に、私は東子さまのことをそう思っている。
「西條さん、ありがとうございます」
私はそう言って駆け出しました。
私の帰るべき場所へ。東子さまのもとへ。
「北郷ちゃん……」
いつも強気な南武ちゃんの悲しげな声に、胸がチクリと痛みます。
「北郷さん……がんばって……」
いつも弱気な西條さんの力強い声に、背中を押されて走りました。
「東子さま……!」
今、行きますから……!