連載百合小説《とうこねくと!》東子さまへ届けたい唇(2)
《前回のあらすじ》
東子さまのお屋敷へ帰ってきた恵理子ちゃん。気持ちを整え、東子さまの書架の前に立ちます。
書架の中から聞こえてきた東子さまの小さな声に、恵理子ちゃんの胸は締めつけられます。
恵理子ちゃんが自らのことを「付き人失格です」とつぶやくと、東子さまは──
3畳ほどのスペース。両サイドには一面の本棚。入った正面に大きな格子状の窓。
その窓に向かうようにシックな机があり、その前にはアンティーク調のイス。東子さまはこちらに背を向け、膝を抱えてそれに座っていました。
「恵理子ちゃん」
東子さまが私の名を呼びます。
「はい」
少し声が震えます。何からお話をしたらいいでしょう……
そう考えていると、東子さまが先に口を開きました。
「……ごめんね」
それは、今にも消え入りそうな声でした。
大人っぽくて自信にあふれた東子さまの声ではなく、しょんぼりした幼い少女のように弱々しいものでした。
「あなたは自分のことを『付き人失格』って言ったけど、私こそ『主人失格』だわ。勝手に嫉妬して、己の感情に身を任せて、あんなひどいことをしてしまった」
そこまで言うと、東子さまは膝をさらに抱きかかえてうずくまってしまいました。丸まった背中が小さく見えます。
「主人どころか、恋人として失格よ。嫉妬心に負けて、あなたが傷つくようなことをするなんて……私はダメな人間よ。主人失格、恋人も失格。私は──」
「東子さまっ!」
私は東子さまを抱き締めました。その小さい背中を包み込むように。
「もうそれ以上言わないでください! もうそれ以上、自分のことを悪く言わないでください!」
「恵理子ちゃん……」
「今の東子さまの方が、私の気持ちをわかってませんよ! 私はこんなにも東子さまのことを──!」
目頭は熱くなり、涙に震えた声で私は叫びました。
「東子さまのこと愛してるのに……! ご自身のことをひどく言うのはやめてください! 東子さまのことを好きな私が苦しくなります……!」
東子さまがまた、ひゅっと息を呑みます。その肩が震え、小さな嗚咽が聞こえてきました。
「そんなこと言ったら、あなただって自分のこと『付き人失格』だなんで言わないでちょうだい……。あなたのことを好きな私も苦しいんだから……」
私はハッとしました。東子さまを抱き締めながら、高校時代の記憶がふと浮かびます。
『でも私、南武ちゃんに心配かけたくなかったんだ。こんな私のことで』
『『こんな』って何? アタシにとって北郷ちゃんは大切な存在なんだよ。北郷ちゃんのこと想ってるアタシの気持ちも考えてよ』
『アタシひとりでバカみたい……。こんなに北郷ちゃんのこと好きなのに……』
あの頃から、私は人の気持ちを察することに不器用でした。
さらに自らを卑下して、結果としてそのせいで大切な人に嫌な思いをさせていました。
あの時だって、自分を下げて、知らず知らずのうちに南武ちゃんのことを傷つけていたかもしれないのに……
私はあの頃から成長出来ていませんでした。
今まで自分のことを悪く言い続けてきたのは、私自身ではありませんか。
東子さまの震える背中を抱き締めながら、私は言葉を紡ぎます。
「私は……昔から自分を否定することばかりしてきました。私は所詮そこまでの人間だ、って。だからいつも自分のことを悪く言って、それを保険にして前もって身を守っていました。でも……」
大きく深呼吸した後、その続きを話し出します。
「自分のことを悪く言えば言うほど、私のことを想ってくれている人を傷つけてしまう。そのことに気づけていなかった……」
己の不甲斐なさに、涙が止まりません。
「違う……謝らなきゃいけないのは私よ。あの時、嫉妬に駆られて、あんなこと……」
そう言ってまた泣き出した東子さま。私はまたハッとしました。
違う。私はこんなお話をしたいんじゃない。
これでは、自らの罪を何度も表に出し、お互いの心を何度も引っかいているだけなのではないかと。
「東子さま……もうやめましょう。お互いが自分のことをけなし合うなんて……」
私の言葉に、東子さまはひくっとしゃくり上げました。
「そうね……ごめんなさい。互いが自分自身をけなして、心に引っかき傷をつけ合ってても、ふたりとも悲しくなるだけね。……ふぅっ」
そこまで言うと東子さまは大きく息を吐き、抱えていた膝を床に下ろします。そしてゆっくり立ち上がり、即座に振り向いて私を抱き締めました。
「あなたが過去にどんな恋愛をしてきたか、私は知らない。元カノさんを見て嫉妬もしてしまった。でも間違いなく、今の恋人は私……。恵理子ちゃんの主人であり、それ以上に、恋人と呼ばせて」
言葉のひとつひとつを噛み締めるように、私のぬくもりをひとつたりとも逃さないように、東子さまは私を強く抱き締めます。
「もちろんです……。出会った時から、東子さまという女性に惹かれて恋に落ちました。私は東子さまの付き人であり、東子さまの恋人。いつまでも……東子さまの恋人でいさせてください」
私も、この力に負けないほど強く東子さまを抱き締めます。
南武ちゃん、ごめんね。
南武ちゃんとの思い出は、もちろん大切なものだよ。
でも私は、今、この瞬間を生きている。
私の恋人は、今、目の前にいる愛しき人。
神波東子さま。
私の主人であり、大切な恋人。
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