ショートストーリー《もしたむっ!》Osamu.13:にょさむとお酒
「う~……」
午前0時過ぎ。会社の飲み会から帰ってきた修は、低く唸りながら玄関のドアを開けた。
「おかえり、おさむ」
遅い時間にもかかわらず、修を出迎えたのは「にょさむ」だった。
「おお……ただい、ま……」
そのまま玄関先で倒れ込む修。「おい!」とにょさむが慌てて駆け寄る。
「んうぅ……」
真っ赤な顔で唸る修を、にょさむは抱きかかえる。
「酒の匂い……」
にょさむはそれに気づき、ポツリと呟く。
「お前! 下戸のくせに何で酒飲んじまったんだよ!」
声を控えめに叫ぶにょさむ。
そう。修を筆頭に、おさむ族は下戸なのだ。
「先輩にすすめられて、ちょっと飲んだだけだ……」
「そのちょっとがダメじゃねえか! 何で断らねえんだこのバカたれ!」
にょさむは修を叱りながら、修の体をゆっくりと起こして肩を貸す。
「まず水飲め! そして寝ろ!」
フラフラの修を台所まで連れていき、コップ一杯の水を修の口に流し込むにょさむ。
「んぐ……ごくっ……」
口の端からダラダラと水をこぼしながら、修は水を飲んでいく。
「まったく……自分の体質をちゃんと理解しろよ……。断る時はちゃんと断れ!」
ふたたびにょさむは修を叱る。聞いているのか聞いていないのか、修はクタクタになった人形のように「ん……うん……」とコクコク頭を動かすのだった。
翌朝。この日出勤するのはにょさむだ。まだアルコールが残って気持ち悪そうな修が見送りに来る。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ちょっと待て……」
玄関のドアノブをひねろうとしたにょさむの背中に、修の声がかかる。振り返るにょさむ。
「昨日は悪かったな……」
少し俯き、頭を掻きながら修は言う。
「ははっ、気にすんなよ」
笑いながら短くそう言うにょさむ。
「……ありがとな」
俯いたまま、小さく、修が言った。
「ああ」
それを、にょさむは二コリと微笑んで見ていた。
「いってきます」
にょさむはドアを開ける。
「……いってらっしゃい」
顔を上げた修は少し微笑み、にょさむにそう声をかけた。にょさむも笑顔を見せ、修に小さく手を振って部屋を出た。
会社に出勤したにょさむは、オフィスの隅に置かれた棚に目がいっていた。
「これは……」
訝しげににょさむが見ていたもの。それは──
「……日本酒、だな……」
20本ある四合瓶の日本酒が、2段の棚に10本ずつ置かれている。秋田県内のさまざまな銘柄のものだが、下戸のにょさむには縁の遠い存在のようだ。
「ふふふ……」
にょさむの背後で怪しげな笑い声が聞こえる。バッとにょさむが振り返ると、そこには後ろで手を組んで不敵な笑みを浮かべる恵理子が立っていた。
「な、なんだ」
少しびびった様子でにょさむが言う。
「今度、日本酒のイベントを開くじゃないですか。だから、まずは秋田の日本酒をみなさんで試飲してみてください、ってことで、出店する蔵元さんから送られてきたんです」
恵理子がそう説明をしていると、「おはようございまーす」と可愛らしいふたりの声が聞こえた。
「葵ちゃん、良子ちゃん、おはよう!」
「お、おはよう」
明るくあいさつをする恵理子と、まだ日本酒の動揺を引きずったままあいさつをするにょさむ。
「わーっ! 日本酒!」
葵は目を輝かせて棚の前に立つ。そのそばに恵理子が立ち、楽しそうに棚を指差した。
「ほら、葵ちゃんも大好きな雪の茅舎もあるよ!」
「きゃーっ! ほんとだ! 美味しいですよね!」
「うん! 私も大好き! 刈穂に出羽鶴……他にもいろいろあるよ!」
「もう、ラベルを見てるだけでも幸せですよ~!」
「ねー!」
日本酒を見てキャッキャとはしゃぐ恵理子と葵を、若干冷めた目で眺める影がふたつ。にょさむと良子だ。にょさむはもちろん下戸だが、良子も同じく下戸なのだ。
「修さん……」
「あ……?」
「朝からちょっときっついですね……」
「そう、だな……」
茫然と立ち尽くすふたりをよそに、恵理子と葵の日本酒談義は止まりそうもない。