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連載小説《Nagaki code》第1話─『ひとり』と『独り』
ひとりになりたい。ひとりでいたい。だから僕はイヤフォンで耳を塞ぐ。何も聞こえないように。何も聞かないように。
『ひとり』になりたいけど、『独り』になるのは嫌だ。
たくさんいる人混みの中で、独り浮く存在。
もしくは、たくさんいる人混みの中で、独り溶けて消えゆく存在。
誰か、僕を隠して。
誰か、僕を見つけて。
大粒の雪が降り続く金曜の午後。僕は山崎まさよしさんの『アンジェラ』で耳を塞ぎながら駅前通りを歩いていた。ひとりになりたい、という僕の願いが通じたのか、歩いている人影はまったくない。ちょっと気楽だと思ったのもつかの間、この通りを歩いているのは僕ひとりで、あとは誰ひとりおらず、これは『ひとり』ではなく『独り』なのではないかと思い、ゾッとした。
『独り』から逃げるように、駅前通りにある小さなカフェ『ブローニュ』に立ち寄る。ゆっくりとドアを開けば、ベルがチリンチリンと軽く鳴った。
「いらっしゃいませ」
明るい店員の声が、山崎まさよしさんの優しい歌声とかぶる。僕は窓際の席に腰かけた。店内に客は僕ひとり。今度は、『ひとり』。
音楽を耳から引き剥がす。勢いよく引っ張ったイヤフォンは、テーブルにこつんと当たった。再生を止め、それを、画面のひび割れたiPodに巻き付け、電源を切る。背負っていたリュックに付いていた雪はそのまま、空いていた隣の席に座らせる。そのリュックの中に、イヤフォンの線をぐるぐる巻きにしたiPodを乱暴に突っ込んだ。
「エスプレッソ、ひとつお願いします」
近くにいた店員にそう告げる。「かしこまりました」と笑顔で去っていく店員のポニーテールが揺れている。
どうすれば、そんな笑顔が出来るのだろう。去っていった店員に聞いてみたかったけど、なんかバカバカしくて、上手く笑えない自分が惨めになってきて、やめた。
ふと、隣に座らせたクタクタのリュックに目をやる。高校時代からずっと使っているそれは、すっかり色褪せて傷だらけだ。それでもこいつを使い続けるのは、愛着からくる執着心のせいだろうか。一番信頼できるパートナーだからだろうか。
僕は頬杖をついて大きなため息をついた。窓の外を見ても、やっぱり誰も歩いてはいない。さっきの僕は確かに『独り』だったんだと思うと、さらに深いため息が出た。
コーヒーはすぐに運ばれてきた。「ごゆっくりどうぞ」とさっきの店員に満面の笑みで言われ、僕はまた惨めになった。
僕の、今の気分もブラックだな。真っ黒で、苦い。なんて訳のわからないことを考えてたら余計に虚しくなってきて、今日何回目か知れないため息をついた。
僕は頬杖をついたまま、目の前のブラックコーヒーをぼんやりと見つめた。湯気の立ち上る、暗黒の闇の中に引きずり込まれる感覚。なんだか無性に、その漆黒の色に染まりたくなった。
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