【青春短編】恋する病み上がりと乙女の珈琲フロート
3限の授業が終わった。病み上がりの身体には100分間座ってるのも軽い拷問だ。日向裕一は、着衣水泳のように重く鈍った己の身体を引きずりながら、大学のカフェで涼むことにした。
「あ」
窓際の端っこの席によく見知った横顔を見つけた。彼女は相変わらずキタキツネみたいに整った顔をしていた。座るとすらっとしなやかなS字カーブが女性らしさの象徴みたいに際立ち、腰まで伸びた黒髪はどこか令嬢のように見える。
…見た目だけは完璧なのだが。
裕一は彼女の横の椅子を引いて、背負っていたグレゴリーのリュックを置いた。
彼女は気づいているのか気づいていないのか、珈琲フロートのアイス部分をスプーンでつついてる。
「それ何飲んでるの」日向は訊いた。
目線だけこちらを向いた気がする。
「見ればわかるでしょ」と彼女。
「冷たいなあ」本当に冷たい。
「冷たいわよ、珈琲フロートだもの」
そういこと言ってんじゃないんだけどね。
やれやれ。このまま続けてたら自分の心が冷絵込んでしまいそうだ。裕一は返事をする代わりに椅子を引いて横に座った。
「ところで日向君は何しに来たの?窃盗?」
ぎょっとした。
「そんな軽いノリで友達を犯罪者にするなよ。しかも常習みたいじゃないか」
「窃盗は軽犯罪ではないと思うけれど」
「軽犯罪は軽いノリでやる犯罪ってことじゃないからな」
常習を否定してくれよ。
「で、何しに来たの」
見つけただけで何が用事ってほどではなかったが、言われてふと思い出した。
「ノートを借りに来たんだ」
「ノート?」
「ほら、俺昨日経済休んだだろ」
「テストも近いしノート見せてくれよ」
「生理的に無理」
「せめてわかるように論理的に断ってくれよ」
「それが人にものを頼む態度?」
「え」
「勝手に休んでおいて、やれ「ノート見せてくれ」だとか、やれ「うひひおパンツ見せてよ」だとか、ちょっと横暴が過ぎるんじゃない?」
「後半の変態は俺のことか?「見せてくれ」は確かに配慮に欠けたかも知れないけど、お前のパンツに言及した覚えはないぞ?」
「興味、ないの?」
さっきまでの茶番はどこへ行ったのか、彼女は全身をこちらに向けて、ジッと目を見つめてきた。ドキッとする。
「ないことも…ない、です」
変に敬語になってしまった。
「ねえ」
彼女はこちらを凝視したまま、身体をこちらに近づけてくる。ムスクのいい香りがする。視線が首筋から下にさがって…鎖骨がきれいだ。
「な、なに」
妙な興奮と緊張が裕一の背中を伝う。
「アイスが溶けちゃったわ」
「へ?」
気の抜けた返事をする裕一。
ほら、とアイスの白が溶け出してカフェラテみたいになったアイスコーヒーを指差す彼女。
やれやれ、と裕一は思った。
自分の男性性がほとほと嫌になる。
一般男子など、可愛い女子の前では悲しいほど阿呆になるのだ。
「わかった、今度奢るよ」
「今度っていつ?何時何分何秒?太陽が何回回ったとき?」
「ガリレオ知らないのかよ」
裕一はまた茶番がはじまったと思ったが、
いつの間にか左手首を握られていた。
「どうせ暇でしょ?今から付き合いなさい。」
カラン、と氷が夏らしい音を立てる。
彼女に手を引っ張られながら、日向はいつの間にか身体が身軽くになっていることに気づいた。
男はまったく阿呆だ…。
おわり
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