欅坂46の『キミガイナイ』が好きすぎる話
最近院試関連のnoteばかり書いています。野菜食べなきゃです。
突然ではありますが、尋ねられると困る質問ってありません?
「休みの日何してるの?」
「趣味は何?」
とか。
私は本当に何も無い人間なので、本心で答えると自分が面白くない人間だって暗に答えているような気がしてこの類の質問が来ると身構えてしまいます。
その中で最も困るのが、「好きな曲なに?」なんですね。
なぜなら私は最近流行りの曲なんてほとんど知らないし、気に入った一曲を平気で一日中ループ再生するし、表題曲よりカップリング曲が好きなタイプなので、
相手の知らない曲を答えて、会話が続かないことが目に見えているからです。笑
長い前置きになりましたが、私が本当に大好きだけどほとんど人に言ったことの無い曲、ずばり、
欅坂46の『キミガイナイ』を語るnoteにしたいと思います。
ただただ私の考えを述べる記事になるかと思いますが、ぜひ最後までお付き合いください。
タオルケットに包まれるような安心感
この曲の何が好きかって、1番はすごく染みる曲調・歌詞であることです。
熱い歌詞じゃないし盛り上がる曲ってわけではないけれど、その分優しく優しく、私を包んでくれる気がします。
小さい頃に親が一定のリズムでトントンとあやしてくれれたような、そんな安心感と温かさをこの曲は持っているのではないでしょうか。
孤独を理解するキミ
この曲の好きなところは、物理的な孤独ではない孤独に寄り添ってくれるところです。
私は女性アイドル特有の恋愛の歌があまり好きではなく、
だからこそこの曲の歌詞は衝撃的でした。
この曲の真髄に気がついたのは大学生になり一人暮らしを始めたとき。
ちょうどその頃はバイトに労力も時間も注ぎ尽くしていて、その仕事内容や人間関係の渦に足を踏み入れていた時期でした。
私は平手友梨奈さんと同じ学年の欅世代なので、もちろんこの曲は前から知っていましたが、
この時期にふと聴き直した時にとても聴こえ方が違って感じました。
この曲は物理的な孤独に寄り添うだけではなくて、社会と繋がる状態にあるけれど、努力して引っ掛かるように日々生きている人だけが感じる、途方もない虚無感や喪失感、悲壮感にも寄り添ってくれる曲だと思います。
この歌詞を解析しようと思った時に、分かりやすくキミを恋人と捉えて恋愛の曲と考えたり、それ以外にもまあ様々な解釈ができるように作られているとは思いますが、
「本心を隠す」とか「我慢する」とか、そういう社会性を纏って生活する中で、その奥にある真実を心から理解して手を差し伸べてくれる、そんなキミに対する曲なのかなあと思っています。
社会で生きていると欅坂の歌詞じゃないですが、嘘とか欺瞞に溢れた世界だなあと思うばかりです。
本心のままに行動できることってほとんどないし、本心のままに行動すれば後悔することのほうが私は多いです。
誰かに本当の思いを吐露しなければ壊れてしまいます。
でも自分のことを理解してくれる他人ってなかなかいなくて、
話を聞くよ!と言ってくれる人はたくさんいたって本心を打ち明けられるほど安心して心を開け渡すのって難しいです。
それこそ、「本当の孤独は誰もいないことじゃなく、誰かがいるはずなのに1人にされてるこの状況」そのものだなあと思い、泣けてくる夜を過ごすことって誰にでもある寂しさじゃないですか?
正直欅坂の曲はハードな反抗心や世間への不信感を押し出す曲が多く、そこまで外の世界に多大なエネルギーは向けてないかな…と思い、自分を重ねることは多くはないですが、
この曲は「孤独」を「孤立」ではなく、通常「孤独」という言葉にはラベリングされない、圧倒的な寂しさのような感情を「孤独」によるものだと教えてくれて、そのうえで寄り添ってくれる。
別に応援したり、救ってくれるわけではなくて、
社会に生きる私たちを理解して手を差し伸べ、背中を摩ってくれる、この曲はそんなキミそのものなのではないでしょうか。