【痛みとケアの神様 ~ 大国主神】
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
大学時代、積読も読書のうちだと書かれているのを読んだことがあり、
言い訳もできるようになって、積んでおく本が絶えたことがありません。
しかし、ときに本を味わうのはうれしいもので、
年末年始という不思議な間の中で、
久しぶりに落ち着いて本を読むということができました。
その一冊に、『悲嘆とケアと神話論』鎌田東二著があります。
興味深かったのは、大国主神を、
①「殺害され続けた神」
②「蘇って、国作りした神」
③しかし、その国を「国譲りした神」
④そして、それらを統合した「痛みとケアの神」
という捉え方をしていることでした。
(⓪として、医療神、「癒しの神」もあります)
①「殺害され続けた神」
因幡の白兎を助けて、八上姫の心を得たオオナムジ(大国主神)は、
兄神達の嫉妬をかって、二度殺された。
イエス・キリストは、一度殺されて、贖罪の神として蘇った。
冥界の神となったオシリスも一度殺され、一度蘇っただけだった。
大国主神は、一度のみならず、二度も殺された。
そこに、大国主神の悲哀の深さが現れている。
しかし、大国主神は、その悲哀を語らない。
そこには、
なぜ、怒りに対して怒りでなく、
殺害に対して殺害でなく、
怒りと殺し合いの連鎖をまぬがれることができたのだろうか、
という問いかけがある。
②「蘇って、国作りした神」
大国主神は、二度殺された。
しかし、二度も蘇った。
再生する神というのが、大国主神の特性であるが、大国主は自力で再生できたのではない。
すべて、他力で再生させられた。
自力ではなく、二度とも、母や祖神や女神たちの力で蘇った。
「助けられる神」として徹底されている。
その後も、大国主神は、根の国で須佐之男命に過酷な試練と課題を課されるが、それも須佐之男命のスセリビメの好意と助け、また、鼠の助けによって切り抜けることができた。
国作りでも、少彦名命の助けがあり、少彦名命がいなくなった後には、海を光して依り来る神が現れて、次々と助けが得られて、困難が解決されていく。
ここには、大国主神が、さまざまな力を引き出しつないでいくコーディネーター、つまり「縁結び」の神としての特性が現れている。
大国主神は、自力ではほとんど何も達成したようには描かれておらず、すべて他力を得て危難を切り抜け、国作りという大業を達成したことが示されている。
他力を借りて大いなることを成し遂げた神であり、他力を活かすことのできた神である。
③しかし、その国を「国譲りした神」
大国主神が、精魂込めて、汗水垂らして作り上げられたこの国を、天照大御神は「汝がうしはける葦原中国は、我が御子の知らす国ぞ」と告げた。
それを「国譲り」するというのは、普通であれば考えられない。
しかし、あり得ないことがあり得た。
国譲りとともに、巨大な出雲大社が築かれ、出雲の祭祀も特別に厚く保持されてきた。
「顕露之事=天下経営」は天照大御神の「我孫」に任せつつ、「幽事」は大国主神が治めることになった。
戦争ではない、と同時に、いわゆる和睦でもない、巧妙な詐術とも疑われるかもしれない微妙な提携と棲み分けである。
これは、戦わずして勝つという至高の戦略であったのか?
それとも、単なる負けであり、敗北であり、敗退だったのか?
日本の最古のテキストには、極めて評価の困難な微妙な「和平」のあり方が記されている。
④そして、それらを統合した「痛みとケアの神」
古事記の中では、伊邪那岐、伊邪那美命や須佐之男命の心の内はじつに生々しく表現されていたのに
、大国主神は、痛みや喪失を経験しながら、ほとんど自分の感情を表出していない。
ただ一回だけ、少彦名命が常世国に渡って一人になったときに、心細げに、「吾独して何にかよくこの国を得作らむ・・・・」と国作りの大業を「独り」で成し遂げていくことの不安を漏らしたのみである。
最大の困難である「国譲り」にあっても、負の感情の表出はない。
それだけの悲嘆を抱えた神だからこそ、深い悲嘆を理解し、受容する神となる。
人々が「縁結びの神さま」に託す心情のいくつかは、そのような表現しがたい困難さそれ自体を受け容れるものである。
そこに、大国主神は「痛みとケアの神」として立ち現れてくる。
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以上のような素描だけでも、現在を生きる私たちに、様々な示唆を与えてくれるものではないかという気がします。
国譲神話については、昨年、交渉との関係で、私の思うところをお話させていただく機会をいただきましたが、本書にも同じような着目点があり、現在に活かすヒントとなるのでは、という思いにも共通するものを感じました。
円満解決を目指す事務所として、「法律事務所maru」を設立して、今年4月で5年目となりますが、その中で取り組んできたコンセプトの一つが「癒し」でした。
弁護士に相談しよう、という人は、その時点で深く傷ついていることが多いように思います。
そうした人がこの事務所を訪れたとき、少しでも「ほっとする」、少しでも「穏やかな気持ちになる」といいなという思いから、いわゆる「法律事務所らしさ」を排除しました。それは、本書にも出てくる神道的な表現をすれば、法律の持つ暴力性=荒魂(あらみたま)をやわらげ、和魂(にぎみたま)、幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)としての側面を浮かび上がらせたいという試みでした。
当事者相互の間に大きな溝があるからこそ、一筋縄ではいかないのであり、即時解決は難しく、解決にはそれなりの時間がかかります。
その時間の中で、依頼者の傷つきが癒されていくことは、解決策の可能性を広げていきます。
そして、同時に、相手方の傷つきが癒されていくことも、解決策の可能性を広げていきます。
円満解決ということにしばらく取り組んでみて、今思うのは、円満解決は、小手先の技術で実現できるものではないということです。
気持ちの方向付け、ということもあるし、信頼関係の醸成ということもありますが、一定の時間をかけた「発酵」ということが大切なのだろうという思いに至っています。
法律事務所の門をたたいたその時から、依頼者と相手方との認識の相違を明確にしていくことは大切ですが、同時に、精神的な「癒し」に向かう道筋を歩み始める、ということもまた大切なことだと思っています。
大国主神は、「国譲り」という、ただの勝ち負けを超えた解決をした神であると同時に、「痛みとケアの神」であるという本書の捉え方は、「円満解決」と「癒し」ということは深く関わっていることを示唆するようにも思われました。
これからも円満解決の探求を続けたいと思います。