とある歪な人間の自伝 その11
13 人にも過去があって、しがらみがあって
別段、自分自身が特別に不幸だとは思っていない。
これはボタンの掛け違いであって、誰だってそれを認めたくないから声を荒げてしまう。
たまたまその現場に居合わせることが多かった。ただそれだけの話なんだと思う。
わたしに手を差し伸べた彼女の話をしよう。
当時20代後半。片田舎のボロアパートで一人暮らしであった。が、正確な話をいえば都合の良い関係の相手がいた。
そう今でこそそれは「都合の良い関係」だとわかるのだが、当時のわたしからすればそういう関係もあるのだろう程度の認識だったことを告げておく。
「彼氏」と呼ぶべきか、その要件に該当するかはここでは議論の外になるが、彼女にはそういった男の存在があったのは事実。
会いに来る日は週1~2日程度。だいたい平日の水木、そのどちらか。その日はわたしは彼女の部屋に立ち寄らないという約束事が設けられた。
稀に泊まり込んでは朝まで耽っているいることもあったが、獣のような声はボロッちいアパートでは筒抜けでそんな日はそっと近くの公園とかに向かう。
まあ、わたしのことはいい。
今でこそ半グレと呼ばれそうな風貌の彼氏は、当時有名な犯罪組織に所属していると豪語する人物でいわゆるヒモとはまた違う人種。
麻薬の売人や風俗の斡旋とかをやっていると彼女から伝え聞いていたが、そこで出会ったらしい。
ちょっとした好奇心とお金が欲しい彼女と、顧客と商売道具が欲しい彼氏。そうかどうか、実際の話も含めて男女の利害関係はまったくもってわからない。が、これから話す内容を聞けば何となく全容が見えてくるだろうか?
彼女は繁華街の風俗嬢で、いわゆるドラッグユーザーだ。
彼氏が提供するクスリを週1で買い、依存しない程度に摂取するというのが彼女の日常に含まれる。
そして彼が斡旋する店で働くわけだが、ここにも落とし穴がある。
風俗の収入は多額の仲介手数料で生活の維持、自分の維持をするだけに留まるということだ。騙されているのか、そうではないのか。例えばほかにも借金などあるのかもしれないが、他人であるわたしにはまったくもって理解が及ばない話であり、踏み込まないのが互いの為だと割り切っていた。
ただわたしも知っている話で語れば、事実として彼女には更にクスリを買うだけの収入が必要だった。
当時の風俗嬢について少しだけ語っておこう。
特に地方の片田舎、そこの繁華街というのはとかく治安が悪い。その上、労働環境もなかなかである。
ローション焼けという言葉を知っているだろうか? ローションも当時は質が悪く、手荒れや喉焼けの原因になったことから総称としてローション焼けという言葉があった。
それに精神面でもなかなかに負荷がかかるのだろう。
お酒やドラッグ、ホストに溺れるケースも多く、彼女の話でいえば既にアルコール依存とドラッグ依存の初期状態だったといえる。
もちろん、こんな判断は後になって思えば…というやつだ。
当時のバカなわたしはそんなこと理解する気もないし、言われても配慮なんかできなかっただろう。
肉体のケア、精神のケアにはそれこそお金が必要だ。
自分の体を商売道具として扱う彼女は、見た目というのを死活問題に捉えていた。これは何となくわかった。
それは彼女にとって必要なものだったのだろう。精神的な話であるがやはり肉体の劣化はストレスに繋がってしまうのだろう。
女性だから当たり前と捉えるか? それを軽んじているわけでは決してないのだが、やはり今維持している環境の崩壊が目に見えてしまうことの方が怖いのではないだろうか?
ひび割れたガラスを綺麗と思う?
これはある晩に、酔った彼女がビールグラスを割ったときに何気なく呟いていた言葉だ。
その言葉をこぼした後、割れたガラス片を片づけるわけでもなくじっと見て固まってただただ眺めていたので、とりわけ記憶に残っていたのだが…。
この時わたしはなんて言葉を吐いただろうか? いまいち思い出せない。
これは人の価値観次第だと当たり障りのない言葉を吐いただろうか? それとも無言でガラスを片づけただろうか?
ただハッキリ言えることは前向きな言葉は言えなかっただろう。
時として人間は情緒不安定になる。わたしだってそうだ。
そのとき人間は冷静な判断が出来ない。いや、こんな状況なんだから冷静って言葉で狂ってる自分から目を背けてはいけないのだろう。
情緒不安定には明確な理由がある。だれかの言葉、現在の状況、未来への想像、そして叶わない妄想。足りない自分を追い詰めて、自分で天秤を傾ける。
だから冷静になれ? そんな言葉は世迷言。
落下中を止められる物理法則は存在しないように、ささくれだった棘だらけの体はそうそう丸みを帯びることはない。
なだらかに戻すには全ての棘を吐き出して削っていくしかないのだ。
暴発する心が臨界状態になったとき、言葉一つで正常に戻るほど人の心は安くないのだから。
だから世迷言なのだ。
一人冷静なふりをした「したり顔」に熱した鉄鍋の底を冷やせるものか。
熱を奪いたいなら焼け爛れる覚悟をもってそれに触れなければならない。
わたしと彼女の依存関係はまさに焼け爛れた掃きだめのようなものにとってかわる。
愛とか恋とか、そういった幻想はきっとない。彼女の本命はきっと何処にもいないからだ。
ただお互いの不安と、お互いの寂しさと、お互いの好奇心。そして代償として得るほんのわずかな背徳感を啄むような依存。
例えば舌を絡ませるとして、次に愛の言葉を囁こうと思えばすぐに噛みつかれる。
いいかい? 彼女はわたしと寄り添うつもりなんてこれっぽっちもない。わたしも同様だ。
だから今だけ依存を繰り返す。それだけの関係だった。
ある日の昼から朝まで狂った肉欲が続くこともあった。
そして男が興奮することにきっと安心感を得たのだろう彼女の蛇のような獰猛さを垣間見て、わたしは彼女のような人間が徐々にだが苦手になった。
わたしは加害者であり、被害者だ。それは彼女も同様だろう。
満たされるものはあまりなくて、ただお互いに排泄を繰り返す。
まあ、そんなことを繰り返してるものだから彼氏にわたしの存在がバレるのは時間の問題だった。
2月の夜の話だ。