駆け落ちUターンカップルの顛末!みっちゃんはその男に惚れてしまったのだ。
駆け落ちの末に、靴の修理屋から商売替えした挙げ句に、ドン底に落ちたオジサンの話。
「ねぇ、聞いた?あの話・・・」
「あの話って?」
「ほら、田中さんとこの空き家に、今度、越して来るみたいなのよ・・・」
「あらそうなの? 知らんかったけど、どんな人が?」
「それがねぇ・・・例のほら、あの桶屋のみっちゃんいたでしょ?」
「うんうん、いたいた、みっちゃんいたねぇ・・・」
「あの桶屋のみっちゃんが帰ってくるんだって」
「へぇ~、よく帰ってこれるね、みっちゃん・・・」
ふたりが話している桶屋のみっちゃんは、1年ほど前に行商でやって来た妻子持ちの男とわりない仲になってしまい、男が逗留していた安宿に泊まり込んで近所中の噂になったことがある。
そんな親にとっては見逃せない関係も男の仕事があらまし片付いてこの地を離れるまでの辛抱だと、父親は親しい友人らにこぼしながら、男が商談を片付けて早々にこの地を離れる日を、指折り数えて待つしかなかったのだ。
男がやって来てから数週間が過ぎて、宿を引き払う時が来た。
男はやって来たときと同じ格好で、片手に大きめのボストンバッグをぶら下げて、背中には大きめのリュックを背負い、そのまま駅に向かう。
途中で桶屋の前を通りかかる時に、ちらりと仕事場になっている店の中に視線を飛ばし、薄暗い家の中にみっちゃんの姿を探したようだが、桶に使う板と丸く束にしてある割り竹が散らばっているだけで、みっちゃんはいない。
男が桶屋の前でも足止めずに、そのまま素通りするのを隠れて見ていたのか
薄暗い家の中から、みっちゃんの父親が姿を見せると、遠ざかる男に向かって言ったつもりなのか、ぼそぼそと独り言をつぶやいたが、聞き取れない。
それから家の奥に向かって大声を張り上げた。
「おい、みちこ、仕事を手伝え!」
それでも家の中は静まったままで、返事もなければ何の物音もしない。
仕方なく家の奥に引き返した父親が娘の部屋に入ると、そこに娘はいなかったのだ。
「いつの間に、おらんごとなった?」
慌てて洋服ダンスを開けてみると、お気に入りのはずのよそ行きの服が消えている。しかも旅行カバンも一緒に。
「チッ!しまったわぃ!」
父親は自転車にまたがって男のあとを追いかけたが、男に追いついた時にはさっき見たときと同じように、男はひとりだけで横に娘はいない。
父親は焦る気持ちのまま、ひとりで駅への道を歩いて行く男を追い抜き、まっしぐらに駅に向かった。
待合室に駆け込むと、そこにも娘どころか誰もいない。広くもない待合室と改札口から見渡せるホームのどこにも娘の姿がないことを確認して、大きなため息をついてから駅を出ると、そのまま自転車にまたがり帰って行った。
途中で男とすれ違ったが、にやついている男とは目も遭わさずに、知らんぷりで通り過ぎて行く。
男が駅前のロータリーに近づくと、待合室の窓から手を振るみっちゃんの姿があった。
男が待合室に姿を見せると、みっちゃんは手を取るようにしてふたりでベンチに腰掛けると、すぐに話し出した。
「さっき、父ちゃんが連れ戻しにきてさぁ・・・トイレに隠れとったわ!」
「よく見つからなかったな、みっちゃん!」
「うん、窓からやって来るの見えたから、すぐトイレに駆け込んだんよ」
みっちゃんは待合室横の駅前からも直接入れるトイレの中で、父親の自転車のスタンドがガチャンと音を立てて、駅から遠ざかる気配に耳を澄ましていたのだ。
「それで切符は買ったんかい?」
「いいや、まだよ、買ってないわ、お金も無いし・・・」
「そっか、じゃ行くか一緒に・・・」
そうやって、桶屋のみっちゃんは男と一緒に姿を消した。
そのあと事情をつかんだ父親が、駆け落ちだ、誘拐だ、と騒いだけれどいい年した大人のやることだからと、警察沙汰にもできずに近所の同情を集めただけで終わってしまったのが、1年前の出来事だ。
それから音信不通のままだったみっちゃんから、父親の元へ金の無心で便りがあったのは、ついひと月程前のことである。
その男とみっちゃんは、借金を抱えて桶屋の父親に泣きついたものの、父親が男を家に入れることを拒んだものだから、仕方なく空き家になっていた家に新居を構えることになったのだ。
「ねぇ、聞いた?みっちゃんの話・・・」
「なになに、どんな話になってんの?」
「それがさぁ、修理屋すんだって、靴の・・・」
「みっちゃんが・・・?靴の修理・・・?」
違うよと、手をひらひらさせながら語る話では、みっちゃんとその男が借りた家の狭い玄関先で、靴の修理を請け負うことを記した粗末な板看板をぶら下げて、ミカン箱をひっくり返した台を作業台にして開業したのだ。
「へぇ~、そんな貧相な構えで、流行るもんかね?」
「なに言ってんのよ、喰っていけるかどうかも、あやしいもんだよ」
「ほんで、みっちゃんは?」
「みっちゃんも、ちんまりと横に座ってさ、手伝うらしいよ・・・」
靴の修理屋を開業したといっても、平屋の民家のガラス戸を開けたら、そこにミカン箱置いてあるだけで、持ち込まれた靴の底貼り替えや、破けた箇所の継ぎアテする程度の、素人仕事に毛が生えたようなものだった。
それでも、水が漏れてくる長靴の穴をふさぐために、四角く切った薄ゴムを貼り付けて、そこそこ上手に修理してくれたという評判が知れ渡ると、かつかつながらも喰うだけの日銭が稼げるようになったのだ。
ところが上手に貼り付けたはずの薄ゴムが、何度か長靴を履いているうちに剥がれてしまうというお粗末な事態を招いて、たちまち近所の評判を落としてしまったのである。
もともと本職でもなければ、専門に修行もしたことがないような靴修理だったから、タイヤの古チューブを切り取った薄ゴムの表面を、ヤスリで削ってゴム用のノリで貼り付けただけの簡易な修理では、耐えられるはずもない。
結局、靴修理の看板をぶら下げてから、半年も経たずに店じまいすることになったが、みっちゃんが父親に泣きついて生活費だけは、なんとか援助してもらっていた。
そんな男とみっちゃんの生活に変化が起きたのは、靴修理の看板を下ろしてから2ヶ月ほど経った頃である。
またもや玄関先に新しい板看板をぶら下げるや、新規開業の準備に取りかかったのである。
その新しい板看板には「焼きたて美味い菊まんじゅう屋」と書いてあった。
・・・話はまだまだ続く。
ってことで、今回は
「駆け落ちUターンカップルの顛末!みっちゃんはその男に惚れてしまったのだ。」という2話か3話の短編小説でした。
※見出し画像のイラストは、メイプル楓さんからお借りしました。
2話で完結するのか、3話になってしまうのか、まだ書き出したばかりで決まっていませんが、たぶん2話完結か3話で完結できるはず・・・です。
続編もお楽しみに。
では!
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