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コロナ渦不染日記 #21

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六月八日(月)

 ○朝の電車で、久しぶりにぎゅうぎゅう詰めの車両に乗る。誰もがマスクをしている以外は、緊急事態宣言発出前と変わらない。道を歩く人々は、うつむいて、前をゆく人と人のあいだが空いていれば、そこに体をすべりこませて、それぞれのゆき先へ急ぐ。「新しい生活様式」とは、マスクを着用するだけのことであるらしい。

 ○仕事を終えて帰宅すると、特別定額給付金の申請用紙が届いていた。四月二十日に、給付が閣議決定してから、実に二ヶ月弱のことである。

 ○幸いにして、ぼくの仕事は、緊急事態宣言下の休業要請中も、在宅で仕事を続けることができ、特に減額もなかった。したがって、生活に困窮してはおらず、喫緊で定額給付金を必要とはしていないのであるから、少なくとも現状では、給付がどれだけ遅れようとかまわない。だから、申請はもう少しあとになってからでもいいか、と考えている。いままさに、生活のためにお金が必要な人、そういう世帯のために、経過はどうあれ、給付されるものであるから、そこは遠慮できる人間が遠慮すべきか。

 ○ラーメンを作る。生麺をゆで、市販の味噌ラーメンスープにうかべ、挽肉もやし炒めを乗せた、「百点満点ラーメン」である。これは、相棒の下品ラビットが、「自分で自分の好むものを作れば、必ず百点満点だ」といったことによる。二匹でラーメンをすすった。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、十三人。

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六月九日(火)

 ○「東京アラート」などというものが発令されても、日常に変化はない。「新しい日常」は、マスクを着けている以外は、以前となにも変わらない。おためごかしのお笑いぐさとしか言いようがない。

 ○仕事は、新米としての大きな難所を一つ、越えることができた。ただ、それだけに、疲労は深い。消耗して帰宅する。

 ○夕食を食べながら、机の上の給付金申請用紙をつくづくと眺める。十万円という金額は、けして少ない額ではないが、かといって、今後なにかあったときには、充分といえる額でもない。いずれくるかもしれない感染拡大第二派にそなえ、医療機関への援助などをふまえた、第二次補正予算が検討されているが、そこでもまた、定額給付金が盛り込まれているとして、今度も「一人十万円」なのだろうか。そしてまた「スピード感をもって取り組」んだとしても、給付が決定してから二ヶ月弱のあとのことになるのであろうか。であれば、今度こそ干上がってしまう人間は大多数におよぶであろう。この遅さこそ、ホッブズがいう「リヴァイアサン」の動きであり、そういったことを指摘したところで、簡単に改められないつたなさもまた、「リヴァイアサン」の動きであろう。
 これは、さっさと申請をしてしまい、給付されたあかつきには、たんす預金にでもしておくのがよかろうか。


 ○本日の、東京の新規感染者数は、十二人。


六月十日(水)

 ○緊急事態宣言発出後の、外出自粛を経た「新しい生活様式」は、感染リスクとともに生きてゆく人々に、マスクを着用させ、他者との物理的社会的距離を測らせ、結果、仕事を可能な限りオンラインと在宅を組み合わせたテレワークにした結果、満員電車の殺人通勤をなくし、世界を変える……などというなんて明るい未来予測は、緊急事態宣言とともに消え去った。東京アラートだけが残った。

 ○夜、イナバさんと、末広町の居酒屋「魚や 藤海」へゆく。

 地下のお店はしっとりと落ち着いたなかに、明るく元気な女将さんの日本酒トークが途切れることなく、親しみのある雰囲気。
 店にあるすべての日本酒の味を覚えているという女将さんは、さながら日本酒キュレーターで、飲みたい酒の味やニュアンスを伝えると、候補を必ず三本は出してきて、選ばせてくれる。それが飲み終われば、次はこれ、次はこれと、オススメを出してきてくれて、いちいちはずれがない。
 透明なプラスチックの仕切りで区切られたカウンターで、板前さんみずから持ってきてくれた新鮮な刺身をつつきながら、満足して飲み終えた。

 ○定額給付金で飲み歩くのも、悪くないかもしれない。

 ○さいとう・たかを『影狩り』二巻を読む。


 ○本日の、東京の新規感染者数は、十八人。


六月十一日(木)

 ○梅雨入りが宣言され、天気予報は午後からの土砂ぶり。ぬかりなく折りたたみ傘を用意する。

 ○ヘビのような先輩に同行してもらい、仕事をする。仕事中、常に、ななめうしろで、しゅうしゅうと音がするのは、同行している先輩が、新人であるぼくの業務のつまづきに、だんだんじれてきているのだろうと思われる。
「ヘビのような」といったのは、悪い人ではないのだろうが、他人の気持ちというのがどうもわかっていない節がある、と思えるからである。情報を伝えるのは得意で、それも正確かもしれないが、人の気持ちや、言葉に情報を把握し、それらのノンバーバルな情報をもとに教え導くのは不得手な人かもしれない。
 業務を終え、どっと疲れる。帰宅してすぐに寝た。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、二十二人。

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六月十二日(金)

 ○クマのような先輩に同行してもらい、仕事をする。「クマのような」といったのは、大がらな方だからであるのもあるが、初心者の心理に寄りそってくれるかたちのアプローチで、業務のつまづきも切り分けをサポートしてくれ、存在に大きな安心感を覚えたからだ。つまづきこそあったものの、アドレナリンが噴出して疲れがキャンセルされている。

 ○帰宅してから、アドレナリンの残っているうちに、持ち帰り仕事をやっつける。これで週末は仕事のことを考えなくてすむのである。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、二十五人。
 だというのに、発令の基準を下回ったということで、「東京アラート」は本日をもって解除される。来週中には、都内の休業要請も全面解除の方向であるという。結局、明確な基準もしめさず、対策も遅く、国民、都民に、何が起こったのかわからない、狐につままれたような気分だけを残して、「新たな日常」といいはするものの、この災禍以前の生活とほとんど変わりがない、だらだらとした日常に戻るのであれば、それは欺瞞というものではないか。そして、国民が得るのは、安定感という名の無思考ではないか。

 ○定額給付金の申請は、まだ、していない。

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→「#22 週末小旅行」



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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