見出し画像

ニュルルン滞在記 〜大木芙沙子「うなぎ」を読む〜

決め技もキレキレ。類見ない才。並み居る歴々もザワめき

次郎(仮名) - →真逆様←



はじめに


ふだんは雑誌も小説も読まない私なんですけど、今月号の「文學界」はつい買っちゃいました。

特集が幻想文学で、短篇を寄せた12人のメンツが濃かったからです。

追記
これらの幻想短篇のうち9篇は『水都眩光 幻想短篇アンソロジー』(文藝春秋)に再録されるようです。
この号は芥川賞を受賞した市川沙央『ハンチバック』も載ってるので、大変お買い得となっております。

山尾悠子、諏訪哲史、沼田真佑、石沢麻依と掲載順に読み進め、疲れてきたので箸休めに大木芙沙子「うなぎ」を読むことにしました。


チョンボッコ」で文学界に新しい風を吹かせた吉田棒一との対バン企画『YCDEZ vol.1』で大木さんの掌篇を読んだことがあって、この人の短篇ならメガネぶらなくても楽しめそうだなって。


「beautiful」を「﨟(らふ)たし」と訳すような文体で書かれた小説だと巨大ザリガニをよじ登るような苦労を伴うんですが、その点「うなぎ」は最後までニュルニュルなので巨大うなぎの背中をすべり下りるように一気読みできました。


ニュルニュルはニュルニュルなんですけど、一点だけどうしても引っかかってしまった箇所があります。

それは、なぜキーアイテムが赤いきつねなのか。
なぜどん兵衛きつねうどんではないのか。


どん兵衛派の我々にとっては、非常に理解しがたいですよね。


国内外のオンライン文芸誌アンソロジー作品を発表して着実に評価を高めてきた大木芙沙子が五大文芸誌デビューに際し(同人誌からの転載を除く)、なぜこのような重罪を犯す必要があったのか。
我々はその謎を解き明かすべく、アマゾンの奥地へと向かった。


これウルルン滞在記じゃなくて藤岡弘のやつだっけ?
まぁいいや。




第一部 なぜ「どん兵衛きつねうどん」ではなく「赤いきつね」なのか

まとめ
①「うなぎ」は新美南吉『ごん狐』を下敷きにしている
②赤いきつねの方がうなぎとの親和性が高い
③赤いきつねは高橋留美子作品他とコラボしてる


😡🎉🦊ごんぎつねのおさらい🌰🍄😨

兵十はい井戸のある家に住み、いつもいさつまいもみたいな元気のいい顔をしている。
ある日兵十は川でうなぎを捕って帰ろうとするが、目を離している隙に小ごんにうなぎを奪われてしまう。
後日、い彼岸花に飾られた墓地でしおれた兵十を見たごんは、兵十の母の死を悟る。
あのうなぎは病床に臥せる母のためのものであったに違いない。
親のいないごんは償いの気持ちから、兵十のもとに毎日栗や松茸をこっそり届けていた。
ある日兵十に見つかり、イタズラに来たものと誤解され、ごんは銃で撃たれてしまう。
土間に置かれた栗を見て、兵十は贈り主の正体に気づく。
「ごん、お前だったのか
目を閉じ、ぐったりとしながらごんはうなずいた。

ここからネタバレ解禁です。

「うなぎ」を読み終えた人はおそらく最後に「お前だったのか」と言いたくなるでしょう。
そしてふと「ごんぎつね」を思い出すかもしれません。

私の場合は全然そうじゃなくて、なんで赤いきつねなんだよって思いながら「きつね うなぎ」でググってみたら「ごんぎつね」が出てきて、「あっ、オチ、まんまじゃん!」ってなっただけなんですけど、ともあれ、「ごんぎつね」を今あらためて読んでみると、「うなぎ」との共通項に気づきます。
赤、きつねとうなぎ、うなぎを食べたがる母、母の死など。

銃弾を受けて体が血で染まったごんは「赤いきつね」と言えるでしょう。
身寄りがなく、弾丸がおなかに残っていて、「赤」で彩られる仁さんの姿はごんと重なります。
ラストで「お前だったのか」となるとこも。


子供編のこのへんメッチャ赤いんですよ。

当と仁は銭湯でゆで蛸のように真っ赤になった後、く錆びた階段のある仁の家に向かう。いきつねを食べて満腹になり、ちゃんのように眠くなった当の横で仁はペンを握る。

あっ、引用じゃなくて要約です。

「ごんぎつね」は小4の国語の教科書に載っています。
4年生になる少年当は近いうちにこの物語に触れることになるでしょう。
「匂わせ」ってやつです。


ついでに色関係のちょいまとめ。

白と赤:救急車😭、シャンパン(白ブドウ)とハラワタ😭、湯上がりの火照った顔と(血液からできた)牛乳🤗、赤いきつね🤗、豚肉😨

白と茶色:便器とうんこ😨、ポークカレー😨、うな重😨、うなぎの腹とシミ☺️

うなぎがヘソから出てる姿って生まれたてっぽくないですか?
あたるん泣きそうだし、ほぼ裸だし、顔真っ赤だし。
投げ捨てられた空き缶。成人でもヘソの緒がある赤ちゃん。母とのつながりと切断。生ハムの原木みたいにスライスされてくふたりの時間。あんなに一緒だったのに夕暮れはもう違う色。よどみなく実況。古舘伊知郎。


あなたが私にくれたもの

母の恋人である古館(ふるたち)さんが当に贈ったものと「ごんぎつね」にも共通点があります。
それは愛知県。
愛知県ではマスカット狩りができますし、中日ドラゴンズのキャップは青ですし、仮面ライダーの生みの親の1人である平山亨の出身県でもあります。
うなぎの生産量でも愛知県は日本トップクラス。
「ごんぎつね」の作者である新美南吉は、愛知県のうなぎがよく獲れる地域で生まれ育ちました。
赤いきつねの製造・販売元である東洋水産のうなぎ研究所も愛知にあります。
どん兵衛の日清はうなぎの研究をしてません。


東洋水産の公式サイトにはこう書かれてます。

“当社では、1995年に民間企業で初めて無足類(ウナギ、ハモ、アナゴなどの魚類)の生態を調べ、人工的な産卵・孵化・仔魚飼育の可能性を探る研究機関「無足類研究所」(愛知県田原市江比間町)を設立しました。そして1996年、愛知県渥美半島の伊良湖岬に近い立地にちなみ、社名を「株式会社いらご研究所」に改め、本格的な研究活動を開始しました。”

ウナギの研究活動

「うなぎ」の成年パートは地域も年代も不明ですが、少年パートの方は500円玉の存在やカレーに豚肉を入れること、仁さんの下町言葉からある程度は絞れます。
銭湯の入浴料金や飲み物の価格から考えると、1995年あたりではないでしょうか。
東洋水産のうなぎ研究開始時期と重なりますね。

ちなみに90年代の仮面ライダーシリーズは、92〜94年にかけて制作されたオリジナルビデオ2作と映画3作のみです。TVシリーズの新作は10年間ゼロ。
1995年からは仮面ライダーの空白期間が続くわけですが、そういう時期に古館さんは仮面ライダーの筆箱を当にプレゼントしたわけです。
年齢を抜きにしても、オワコンなので嬉しくない。
何で当時イケイケドンドンなウルトラシリーズにしとかなかったんでしょうか。
まぁ、1995年はウルトラマンの新作もないですが。



ウルトラマンvs仮面ライダー

大木芙沙子さんはマンガ家高橋留美子の大ファンのようです。
「うなぎ」の視点人物である当(あたる)の名前は『うる星やつら』の主人公諸星あたる(簡体字では諸星当)に由来するそう。
高橋留美子はウルトラQ世代で、円谷プロとのコラボ企画でウルトラQの怪獣を描いてますし、ウルトラマンA(エース)の主人公北斗やヒロイン南の名前を『うる星やつら』のキャラ名に引いています。
諸星あたるの苗字もウルトラセブンの主人公モロボシ・ダンと同じです。


何でウルトラシリーズにしとかなかったんでしょうか。


仮面ライダーの原作者ならともかく、プロデューサーが愛知県出身とか知らんがな。
赤いきつねと仮面ライダーがコラボしてるっていうならまだわかるんだけど。



と思ってググってみたら、してました!

信じててよかった!

仮面ライダーギーツの主人公浮世英寿(えいす)は赤いきつねのライダーで、相棒が緑のたぬきライダーです。
ウルトラマンと赤いきつねはコラボしてません。



「うなぎ」には風(と匂い)のテーマがありますが(うなぎを出すべくふんばったら出た屁、うなぎの匂い、銭湯の扇風機、風太郎っぽい仁さん、仁さんちの臭いを吹き飛ばす心地いい風、古館さんが家に泊まる口実となった強風、装われた寝息、自室の澱み=凪)、仮面ライダーの変身ベルトはタイフーンと呼ばれていて、ベルト中央の風車が風力でまわります。
風を受けることによって変身できるようになるわけですが、仁さんや当も作中で風を浴び続けます。
いマフラーも風に揺れてカッコいいし、「風」の中に虫がいるし。
変身といったら虫、風といったら仮面ライダー、みたいなとこあります。
シン・仮面ライダーもナウい。
どう考えても仮面ライダー一択なんですよね。
筆箱はいらないけど。



風に絡めていうと、「うなぎ」を構成する文章は風通しがよくて読みやすいし、湿り気を帯びがちな状況を描くときでもカビが生えそうにない湿度を保っているので好きです。
読者の心の窓をぶち開けてやらかいとこをそっとなでていく、っていうか。

利いた風な口きいちゃいました←(てへぺろ)



名前と数字の謎

マンガ界やアニメ界に大旋風を巻き起こした高橋留美子作品は『うる星やつら』だけではありません。


『めぞん一刻』では登場人物の苗字に一〜九の漢数字が使われています。「十」はいません。
ヒロイン音無響子の「無」をゼロと捉えることもできるでしょう。
それを意識したのか、「うなぎ」では1〜9が漢数字で書かれますが、10は「十」ではなく「一〇」と表記されます。

100は「百」なのに500は「五〇〇」なのは、主人公代裕作と響子(=〇)をくっつけたかったからかもしれません。
〇がタテに2つ並ぶと8(響子の恋敵である神いぶきの数字)にも見えてきます。

「うなぎ」は5匹目のうなぎからはじまり、うなぎが5cmほど出てきたあたりで当は過去を振り返りだします。
気心の知れたツレに電話がつながるのも5コール目です。
少年時代の当は土曜になると500円を持って銭湯へ向かい、仁さんと楽しい時間を過ごします。
古館さんが帰り、当が母と2人でいられるようになるのも午後5時でした。

「五」が象徴的に使われているのは、五代の数字であるとともに、「丑」とよく似ているからでしょう。土曜と土用も掛かっています。
土用の丑の日には頭に「う」のつくものや牛にちなんだものを食べるのがチョベリグとされ、うなぎだけでなく、当の好物であるうどんが食べられたり、牛乳が飲まれたりもします。


『めぞん一刻』では三角関係の恋愛模様が描かれており、五代のライバルに鷹瞬、響子のライバルに神がいます。
うなぎの蒲焼きの調理は奥が深く、「串打ち3年、裂き8年、焼き生」と言われています(これらの数字は「うなぎ」の最終パートで出てくる3つの数字と一致します)。
3と8もまた重要な数字なのです。

「うなぎ」の「三」を見てみましょう。

ヘソから頭を出したうなぎに驚いた当は午前時に救急車を呼ぼうと考える。それから自力でふんばり続けてうなぎを洗面台に出していき、匹目の頭が水に浸かったときにロング回想突入。母とその恋人古館と人での食事を済ませ、午後時に当1人で銭湯へ。その晩に母と古館の間に挟まれの字になって寝る。回想が終わり、母の回忌に関する古館からの留守電を聞く。

当がタテマエやウソを言わずに済む親しい存在と2人で時間を共有するときに現れる数字が「五」だとすれば、「三」は逆に当が我慢や演技をしたり、母が当から遠のくときに現れます。


過去編に現れる数字の流れを見ると、回想中に引き抜いたうなぎの数をカウントしているようにも思えます。

年生から年生になる当は○○円のお小遣いで銭湯に行く。それからインド人人が隣室に住むという仁のアパートへ。翌日古館さんからごちそうされたうなぎは腹分目までしか食べれなかった。

「けっきょく匹のうなぎが臍から出てきた。」という一文から現在編が再開します。


なぜ8匹で終わるのでしょうか。
言葉遊びを好む大木さんのことですから、「泣きっ面に」に掛けて、当がべそをかきそうなときにヘソからうなぎを8匹出したのでしょうか。
「腹八分」とか「八つ目うなぎ」とか「裂き8年」とか、8は元々おなかやうなぎと関わりのある数字ではあります。
トイレに残された当のパンツやズボンも8の字になっているはずです(88→八八→ハハ→母から遠く離れる)。
最初のうなぎが出てきた時間帯は、江戸時代の時刻表記(一刻)でいうと「丑」または「八つ」になります。
うなぎと「丑」の結びつきは言うまでもありませんが、一刻では「丑」と「八つ」が入れ替え可能なので、うなぎと8(=丑)も密接な関係があると言わざるを得ない気がわりとしてきました。
仁さんが江戸訛りで主題歌を歌う「ひょっこりひょうたん島」は8の字のような島が舞台で、四国八十八ヶ所への言及があり、サンデー(!)先生率いる子供たちは両親が不在です。
四国ってうどんおいしいですよね。

なんで7匹でも9匹でもなく8匹なのか気になる人はtwitterとかで作者に直接訊いてみてはどうでしょうか。
「貴様の違和感なんぞに付き合っている暇はない」と一蹴されてしまうかもしれませんが。
私は特に気になりません。
本当に気にならないねなのだった。


当の母である加代子は高橋留美子「Lサイズの幸せ」の登場キャラと同名ですが、加代子(Kayoko)の中に響子(Kyoko)を汲み取ることもできます。Aを引いてます
フルタチといえばまず伊知郎であり、響子の亡き夫惣一郎を想起させますが、古館さんの下の名前はわかりません(現在編では呼称すら不明)。
『めぞん一刻』の舞台である一刻館はメチャクチャ古いアパートです。
「古い一刻館」をちぢめて「古館」にしたのでしょうか。


高橋留美子の誕生日は10月10日で銭湯の日です。
銭湯で仲良くなった仁さんの名前を少しズラすと1/二になり、『らんま1/2』を連想させます(よね?)。
仁さんは乱馬よろしくお湯や水に入りますし、「変身」もしますね。
『らんま1/2』には水に入ると体の一部がうなぎになるキャラがいます。

『らんま1/2』だけではありません。『うる星やつら』や『めぞん一刻』にもうなぎが出てきます。

漫画の漫って鰻っぽいですよね。
さんずいだし。

「うなぎ」の作者は、愛する高橋留美子作品のうち、うなぎが登場する3作にオマージュを捧げているのではないでしょうか。
知らんけど。
『うる星やつら』に関しては、赤いきつねともコラボしてます。



どん兵衛ではなく赤いきつねを出すことで、うなぎ・ごんぎつね・仮面ライダー・高橋留美子作品をふんわり結べるようになる気がしてきたけど、だからこそあえてのどん兵衛だろって声も根強いです。
でもでもよく考えたら、私は最近カップうどんを食べたいときにはセブンイレブンの関西風肉うどん(税抜138円)を買ってるので、どん兵衛/赤いきつねの二項対立自体なかったのでした。
各々の好きな方を選ぶのが一番です。
まぁ、これだけ「赤いきつね」について掘り下げてきたので、今日だけは赤いきつねを食べてみようと思います。
猫舌だからフーフーしなきゃ。

結論

答えは風に吹かれている



第二部 円環と残尿

すべてがeelになる

「うなぎ」はその短さにも関わらず、人体の部位への言及が異様に多いです。
臍、腹、腰、足首、口、目、股間、頭、脳、顔、手、顎、腸、乳首、両足、額、手の甲、肩、皮、鼻、あばら、脇腹、指、髪、頭皮、歯、眉間、喉、背、尻、頰。
「腕」がありません。
人間の手首から肩にかけての部分を億泰ハンドで消すと、手が胸びれのように見え、うなぎっぽくなります。
当たちが川の字になって寝る布団もうなぎの蒲焼きのように並んでいます。

人類うなぎ化計画がこっそり進んでいくんです。

うなぎの川上りよろしく、仁さんは、風呂やカップ麺の湯気、お酒の炭酸、階段、タバコや鰻屋(や線香)の煙、両手の振り上げといった「上昇」のテーマに絡みがあり、最後に昇天します。
おなかが下りやすい当は「下降」を担います。
よく座ったり、尿や涙をこぼしたり、ズボンとパンツを床に落としたり、自販機でビールを買ったり(ゴトン)、蛇口から水を出したり、下を向いて帰ったり、布団に倒れこんだり。

ヘソからうなぎを出す当の姿は母(mère)へ回帰しようとヘソの緒を伸ばしているようにも見え、川を下りて生まれた場所である海(mer)に帰ろうとするうなぎのようです。
手でつかんでひっぱり出せないうなぎを両足開いてふんばることによって外に出そうとする姿は出産時の母によく似ています。
再び母と一体化しようとする子供になりつつ、子供を自分から切り離そうとする母にもなる。

現在から少年時代に遡り、また現在へと戻ってくる「うなぎ」の構成は、海で生まれてから川に遡上し、また海へと下りていくうなぎの一生と重なります。

こうなってくるともう、「うなぎ」の掲載された誌面(タテ書き2段組)が蒲焼きをふた切れ乗せたうな重のようにしか見えなくなりますよね。

好きなだけ食べちゃってください。



艶美な象嵌

ちなみにうなぎの好物はザリガニです。
大木芙沙子さんの正体はエレガントザリガニで(ザリガーナ!)、「うなぎ」作中にもザリガニ印(エンブレム)が刻まれています。
ザリガニのオスの生殖器は日本列島でいうと愛知県、人体でいうとヘソの位置にあるので、うなぎを出す当の姿と重なります。
当と仁さんの蜜月はザリガニカラーの赤で彩られていますし、タバコとお酒を好み汚い部屋に棲む仁さんの口からはザリガニのような臭いがするでしょうし、別れの場面では仁さんが両腕を上げてザリガニポーズ🦞をとっています。


それではしばらくみなさんサヨナラ✌️☺️✌️

いいなと思ったら応援しよう!