レコードって何ですか?
「レコードって何ですか?」
「えっっ?……直径30㎝くらいの、円盤状で、黒くて、真ん中に穴があって、音楽が記録されていて……見たことない?」
OJTで指導した、アニメ声の20歳の女の子から出た質問に、私は驚きを隠せませんでした。
レコードの色や形状、どのような目的で使われるものか、を説明する日が来るとは!
これが、ジェネレーション・ギャップというものなのでしょうか?
会話の発端は、休憩中に彼女が発した「今年買った高いものは何ですか?」からでした。
「私、iPhoneの新しいの買ったんですけれど、大きすぎてカバンの中でじゃまになっちゃうんで、小っちゃいのに買いなおそうと思ってて」
口先を尖らせながら話す彼女を前に、私は今年買ったものを思い出します。
「今年一番の高い買い物……レコードプレーヤーかなぁ」
彼女の問いに答えた途端、冒頭の質問を受けたのでした。
K-POP大好き、家族と暮らしているという彼女の家にはプレーヤーの類はもちろん、パソコンやタブレットも無く、スマホで全て用が足りる、とのこと。
スマホがあれば、サブスクの聴き放題で音楽が楽しめるこのご時世。
配線ごちゃごちゃ、スペースは取る、のオーディオ機器やレコードは、シンプル・ミニマム指向の令和の人々には過去のモノになったことを、実感したのでした。
彼女のように「レコード」という言葉を知らない人が、当たり前になるのも時間の問題……かと思いきや、何処の世界にも必ず「反主流派」が存在するもの。
今、世界中で「レコードに魅了される人々」=「レコー道を楽しむ人々」が密かに増殖中、なのをご存知でしょうか?
デジタルには無い、アナログならではの音や、海外から火が付いたシティポップ人気が理由のひとつ、とも言われています。
欧米や日本でもレコードがCDの売り上げを超え、保存状態の良い日本の中古レコードが海外で引っ張りだこ、とか。
かくいう私も、今年買った1番高いものが「レコードプレーヤー」、初めて自分で買ったレコードはフィンガー5の「学園天国」、気が付けばレコードプレーヤーが家に3台、の「レコー道」をたしなむ者です。
ワンクリックで好みの音楽が高音質で聴ける今、あえて手間暇かけて、音楽を聴く同志が増えているのは喜ばしい限りです。
この記事を読んでいるあなたにも「レコー道」の楽しみ方と素晴らしさを紹介いたしましょう。
まずは道具の紹介。
CD全盛の平成の世から隠居の身となっていたレコードプレーヤーです。
四角い箱の上に丸いターンテーブル。こんなにシンプルな箱から音楽が生まれるなんて、まさに「神の箱」。
部屋に置いてみましょう。レコードプレーヤーがあるだけで「ミュージシャンの部屋」のよう。ギターを横に置けば、更にミュージシャン感マシマシ。
お値段は様々ですが、10,000円台でスピーカー内蔵やBluetooth対応の機種もあるので、初めての方も簡単・すぐに楽しめます。
続いて聖地巡礼。「レコー道」の聖地は、中古レコードショップです。
何千枚ものレコードが規則正しく並べられ、懐かしい音楽が流れる店内は、昭和・平成・令和の時代と音楽が凝縮された不思議な空間。
1枚1枚ジャケットを凝視確認、新たな音楽との出会いを求めます。
昭和のレコードショップには「ジャケットを数秒単位で確認の神業を持つ少年」の姿がありました。少年はおじさんとなった今も神業を駆使してレコードを探します。その光景に「レコー道」の業の深さを感じます。さあ、あなたも一生の友となるレコードを探しましょう。
道具は揃いました。それではお家で「レコー道」を楽しみましょう。
ジャケットが気に入ったレコードは、神棚ならぬレコード棚の特等席に祀ります。ジャケットを愛でつつ、素晴らしいレコードとの出会いに感謝の一礼です。
「レコー道」のメインの儀式は「拝聴」。
本日の拝聴レコードは、ジャズピアニスト、キース・ジャレット「ザ・ケルン・コンサート」。1975年のソロ・コンサート・ライブ録音盤です。
ジャケットから、丁重にレコードを取り出し、プレーヤーに鎮座頂きます。
続いて「お清め」。レコードスプレーをシューッ、クリーナーでそーっと表面をなでるように滑らせ、静電気とチリを取り除きます。
いよいよレコードに針を落とします。緊張とワクワクの時間です。
最初にスピーカーから聴こえてくるのは、無音なのにレコードが回転している「音では無い音」。演奏が始まる前の緊張感が伝わってくると同時に、部屋中の空気が清められます。
演奏が始まりました。ホールに響き渡るピアノの音、鍵盤を叩くときのタッチのニュアンス、演奏中にもれる奏者の声、足で床を叩く音……ホールの空気が伝わってきます。
スピーカーから流れる美しいピアノの音に酔いながら、レコードのライナーノーツ(解説)に目を通します。録音当日の奏者のいでたちから、これまでの音楽活動、音楽観が記されています。ライナーノーツは、アルバムの背景を理解し、深く味わうことのできる指南書でもあります。
A面の演奏が終わりました。レコードをB面に裏返します。この「裏返す」という儀式はとても重要。立ち上がり、歩き、レコードプレーヤーに向かい、レコードを裏返し、針を落とすこの時間は、次の曲に向かうための、心を整える時間です。
B面に裏返し、再びレコードに針を落とし、再び音楽の世界へ。
……アンコールの拍手の音が徐々に小さくなり、レコードが回転するだけの音に。コンサートは終了しました。
音楽の余韻を感じながら、レコードをそっとレコード袋に入れ戻し、感謝の心を込めてジャケットへ収納。
レコード棚に戻し、二礼二拍手一礼(嘘)で、拝聴の儀式は終了です。
「レコー道」をたしなむ私ですが、普段はスマホを介し、サブスクで音楽を楽しんでします。レコードやCDが買えず、レンタルレコード店で借りて、カセットテープにダビングしていた若い頃を思い出すと、サブスクは奇跡のシステムです。
アナログレコードとデジタルの音の違いも、使用する機器によって異なるので、優劣はない、と思っています。
ですが、レコードから出る音は、録音された時代やスタジオ、ホールの「空気感」が感じられて、心にじ~んと響いて沁みるのです。
デジタルで同じ曲を聴いても、「空気感」を感じることが出来ないのです。
レコードに触れたことがある人でないとわからない「言葉や理屈では表現しきれない良さ」が、間違いなくレコードにはあるのです。
あなたも、四角い箱に丸いターンテーブルが載った「神の箱」を家に置いて、「レコー道」を楽しんでみませんか?