夢のようなひととき~ロンドン交響楽団 feat.ユジャ・ワン
秋の宵のコンサートホール。
高い天井にシャンデリアが輝くホールは、ほぼ満席です。
「グラミー賞受賞のユジャ・ワン✖️名匠パッパーノ 英國最高峰ロンドン響16年ぶりの登場」のコピーに煽られて、ポチっとチケットを購入したのは春のこと。
1904年発足の「ロンドン交響楽団」は「女王陛下のオーケストラ」とも呼ばれ、英国が誇る世界トップクラスのオーケストラ……と聞けば、格調高そうで縁遠く感じますが、世界中の人々は、その演奏を幾度となく耳にしています。
なぜならば、映画「スター・ウォーズ」や「インディ・ジョーンズ」「タイタニック」の劇中音楽は、ロンドン交響楽団の演奏。
近年はゲーム音楽にも携わり、美しいシンフォニーで、ゲーマーのみなさんを壮大なメタバースへ誘っています。
オーケストラを率いる指揮者は、サー・アントニオ・パッパーノ。
イギリス生まれのイタリア人、パッパーノさんは現在65歳。
チャールズⅢ世の戴冠式オーケストラの指揮者を務めた、イギリスを代表するマエストロです。
そして、今宵のソリストは、中国生まれ、北京・カナダ・アメリカで研鑽を積み、ピアノ界の女王マルタ・アルゲリッチの指名代役でブレイク。
今や世界的ピアニストとなったユジャ・ワン(中国名:王 羽佳)。
彼女見たさに、コンサートに来た人も多いことでしょう。
私もその一人。
世界の有名オーケストラから、引く手あまたの彼女は、音楽のみならず、ステージファッションでも注目の人なのです。
彼女の定番の衣装は、胸元や肩・背中が露出されたひざ上20〜25㎝(推測)のキラキラドレスに、高さ15㎝(推測)のピンヒールのパンプス。
その姿は、ピンクレディーや、ロックン・ロールの女王、ティナ・ターナーを彷彿とさせます。
両者とも、露出度の高い衣装とハイヒールで歌い踊り、圧倒的なステージパフォーマンスで、人々を魅了しました。
ユジャ・ワンも先達と同様、他と一線を画す演奏技術と音楽表現、そして賛否両論のファッションで、クラッシック界のスターとなりました。
「最優秀クラシック器楽ソロ」部門でグラミー賞も受賞、ノリに乗っている女盛りの37歳。ピアニストとしても女性としても、絶頂期ともいえるユジャ・ワンの演奏を生で聴けるなんて!
興奮気味の自分に「過剰な期待は禁物」と言い聞かせつつ、開演を待ちます。
さて、今宵のプログラムは、
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第1番」と マーラー「交響曲 第1番」。
ラフマニノフの代表曲は、ソチ五輪で浅田真央さんの演技を、美しく輝かせた「ピアノ協奏曲第2番1楽章」。
マーラーは映画「ベニスに死す」のテーマ曲「交響曲第5番4楽章(別名:アダージェット)」が有名。
「ピアノ協奏曲第1番」は、ラフマニノフが17~19歳、「交響曲第1番」は、マーラーが24~28歳と若い頃に作曲されました。
2作品とも、若さゆえの苦悩と希望が詰まった、瑞々しく、生命力あふれる名曲です。
ロンドン交響楽団とユジャ・ワンが、どんな演奏を聴かせてくれるのか。
やはり期待せずには、いられません。
オーケストラのみなさんがステージに入っていました。
いよいよコンサートの開幕。夢のようなひとときが始まります。
チューニング後、静粛に指揮者の登場を待ちます……えっ? ザワザワしている? なんとオーケストラのみなさんの話し声です。
「ディナーはスシがいい」「私はラーメン」などと、話しているのでしょうか? イギリス人は話好きでマイペース、と聞いたことがありますが、ステージ上でもリラックスしています。
話し声がフェードアウトしていきます。
パッパーノさんとユジャ・ワンの登場です!
今宵のユジャ・ワンは、パープルの超ミニドレス。
15㎝ヒールで歩く姿は、颯爽としています。
ドレス丈はひざ上20㎝ほど。前部にスリットが入っており、右太もも前部がちらっと見えてセクシー。
客席からの盛大な拍手に、太陽のような笑顔で応えます。
☝ 同じ衣装。ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」
ステージ中央のピアノに片手をのせると、激しく胸から上体を90度以上曲げ、瞬時に起こします。「これが噂の秒速お辞儀か!」
ファッション同様、賛否両論のお辞儀を見ただけで感激する私。
スターが目の前にいる実感が、じわじわ沸いてきます。
ピアノの前に座ると、彼女の美しい脚が最前列中央の人々の目の前に。
後頭部から察するに、50代~70代の男性方。
見上げればユジャ・ワンの脚、という状況は、音楽鑑賞の妨げにならぬだろうか? と要らぬ心配をしている間に、曲が始まりました。
☝ ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第1番」。チェコ・フィルとの共演。こちらはロングドレスで、メイクも控えめ。つけまつげを忘れたか?
金管のファンファーレが鳴り響きます。
それに応えるように、ユジャ・ワンが鍵盤を叩くと、激しく冷たい吹雪が舞います。彼女の一撃で、ホール内は冬のロシアと化しました。
ユジャ・ワンとオーケストラの素晴らしい演奏が続いていますが、次第に私はユジャ・ワンの音と姿のみを追いかけるように。
彼女の圧倒的な演奏と、全身から発するオーラを前に、ただただステージ上の彼女を見つめ、ピアノから発せられる音に集中していました。
背筋を伸ばし、ピアノに向かう姿は美しい。
「ピアノを弾くときの正しい姿勢」のお手本のよう。
幼い頃からの教えを守る、基本に忠実で真面目な性格がうかがえます。
ユジャ・ワンの演奏技術の高さは、テレビやYouTubeで知ってはいたものの、本物は想像以上でした。
ラフマニノフのピアノ協奏曲の難易度は、最高レベルと言われています。
身長198㎝、手を広げれば30㎝の大男でもあったラフマニノフは、神技のようなテクニックをもつピアニストでもありました。ゆえに、自身のテクニックを十二分に発揮できる超絶技巧な作品が多いのです。
ユジャ・ワンは身長160㎝弱(推測)。
頑張って広げても20~22㎝が限度の小さな手で、恐ろしく早いテンポでも、一音一音はっきりと、美しく豊かな音で完璧に演奏。
しかも力むことなく優雅な姿で、事も無げに弾いています。
天賦の才能はもちろんのこと、日々の鍛錬と努力のなせる技でしょう。
星のきらめきのような美しい音色にも酔いしれました。
ホールのシャンデリアを見上げながら、夢心地でいると、あっという間に、最後の輝かしいフィナーレに。
壮大な大地と空、夜空の星のきらめき、祖国への愛、たくましく生きる人々、初恋のときめき、未来への焦燥と希望……ユジャ・ワンと、パッパーノさん、ロンドン交響楽団が作り上げた、ラフマニノフの青春群像劇のような演奏に、酔いしれた30分間でした。
マーラーの交響曲第一番も、とても素晴らしかった。
パッパーノさんは、歌劇がお得意。歌劇や映画を観ているかのような、ドラマチックな演奏で、こちらもあっという間の1時間でした。
☝ パッパーノさん&ロンドン交響楽団 マーラー「交響曲第一番3楽章」
やっぱり、ライブは最高!
期待以上の、夢のようなひとときをくれた、ロンドン交響楽団とユジャ・ワン、ありがとう!
そして、本物のユジャ・ワンの演奏とオーラは、すごかった。
基本を大切にする真面目さ。
天賦の才能と努力と鍛錬で得た、他を圧倒する演奏技術と音楽性。
我が道を行くファッション。
この三位一体が、ユジャ・ワンのオーラを作っているのだと感じました。
我が道を行く彼女の生き方も、爽快です。
独身の彼女は、恋愛もオープン。
インスタで10歳年下のイケメンフィンランド人指揮者と交際宣言をしたかと思いきや、共演コンサートを次々とキャンセル、どうやら破局したらしい、というゴシップまで提供してくれる。
わがままと言われようと、自分の心に忠実。スターらしい生き方です。
彼女のような型破りな人が、旧態依然としたクラッシック音楽界の新しい扉を開き、今以上に多くの人々がクラシック音楽を楽しむようになって欲しいものです。
ユジャ・ワンの、これからの人生と音楽とファッションが、どのように変化していくか、楽しみです。