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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第二十八話:(×××)デイズ・オブ・サマー」

 中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<毎週木曜更新予定>

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第二十八話:(×××)デイズ・オブ・サマー」

 フジロック後、沢井咲からの誘いで、お互いに友人を連れて遊ぶことになった。

 ボクはケンジを呼び、沢井咲は飲み仲間のユミを連れてきた。ユミは看護師で、小柄で人懐っこいタイプの女性だった。お台場の『東京レジャーランド』でボーリングなどをして遊んだ。始まりこそ多少ギクシャクしたが、ケンジの気配りとユミの返しで距離は縮まった。お台場から新橋へ行き、そこら辺にあった居酒屋で飲んだ。終電が近くなった頃、酔っ払ってやさぐれた感じでレモンサワーを飲んでいた沢井咲が「まだ帰りたくない」と言い出したことで、北品川にあるユミ宅で飲み続けることになった。

 途中で酒がなくなり、ユミから頼みで沢井咲と二人でコンビニへ買い出しへ。夏の夜の湿気混じりの生温かい空気がなんだか心地良い。ようやく落ち着いてきた様子の沢井咲に、ふと黒沢さんのことを聞いてみたくなった。

「咲ちゃん、黒沢さんのことごめんね」
「誰だっけ?あ〜、アイツね。マジで最低だった。もうどうでもいいけどさ」
「そうだね。もういいよね」
「そんなことより今日は楽しかった。ありがと!」
「楽しかったね」
「もし海外駐在する事になったら絶対私に連絡してね!」
「あっ、うん、そうする!」

 突然の申し出をボクは笑い混じりに返したが、彼女は笑ってなかった。たしかにボクの働いている会社では、若手社員の半数以上は海外駐在することになる。ただ、東京の街とカルチャーが好きなボクは、海外で働きたい気持ちはなかった。当然ながら、出会ったばかりの沢井咲と一緒に海外で暮らすことも想像できなかった。

 部屋に戻ると、ケンジとユミはシングルベッドで身を寄せ合うようにして眠っていた。買ってきた『氷結』を少しだけ口にしたところでボクらも寝ることにした。大人二人が寝るには明らかに窮屈なソファーで身を重ねるようにして眠ることになった。沢井咲の半身がボクの上に重なる中、ボクは真っ直ぐそのままの姿勢で石のようにそこに横たわっていた。密着で否が応でも伝わってくるデニムの感触とその向こう側の太腿の体温。自分の身体が相手に受け入れられていることに喜びを感じる一方で、金縛りのように指一歩動かせない自分が情けなかった悶。実際にどれだけの時間が経過したかわからないが決して短くない時間を何かを期待しながら過ごしたかま、いつの間にかその気持ちとと共に意識ぐフェードアウトして眠りに落ちた。

 翌週、再び沢井咲に誘われた。今度は二人だけでという約束だった。

 沢井咲が予約してくれた恵比寿のダイニングレストランは、赤が基調の薄暗い内装、カーペットが敷かれた床の上に靴を脱いで上がるスタイルの店で、上京したての大学一年生でもわかるくらいムーディーな空間だった。ボクらはクッションにもたれて並んで座った。想像以上に近い距離で隣に座る沢井咲は、これまでのカジュアルなパンツスタイルではなく、タイトな赤いワンピースドレス姿で、これまた先の大学一年生でもわかるくらいにセクシーだった。沢井咲くら強く甘い香りがしたので、思わずそのことに言及すると、それが『シャネルNo.5』であることを教わった。

 緊張しながらも良いムードで食事を済ませ、店の外で二軒目を探そうとしているボクに「部屋飲みがしたい!」と沢井咲は言った。

「部屋飲み?この辺りだったら渋谷まで行けばビジネスホテルとかあるかなあ、、、」とここに来ても白々しいボク。

「部屋飲みできればビジネスホテルじゃなくても、どこでも良いよ」と畳み掛ける沢井咲。

 足を前に出してボールに当てるだけというような完璧なセンタリングが飛んできて、やっと自分が取るべき対応を理解した。

「その辺で適当にどこか入れたら入ろう」

 ローソンで酒とつまみを買い、恵比寿商店街の奥へと進むと、水中を気泡が上昇する様子がライトで照らされた薄い水槽が入り口に置かれた、少しラグジュアリー感のあるラブホテルに入った。

 手持ち無沙汰のあまり点けたケーブルテレビでは、浜崎あゆみの東京ドーム公演の模様が流れていた。二人はソファーに座って画面を見ながらシャンパンを飲んだ。

「昔、高校から入ってきた同級生が、中学の時に浜崎あゆみと合コンしたことを自慢してたけど、今考えるとアレはウソだったかな」などと、自分が持ち得るアユ情報を披露した。

そんなアユ情報も直ぐに底を尽きて、お互い無言の時間が流れた後、良いムードが流れた。童貞であることがバレやしないかと不安だったが、デフォルトで空回り気味のテンションな沢井咲のお陰で、それを過剰に意識せずに二人は結ばれた。

 こうしてボクの童貞時代は呆気なく終焉を迎えた。

 翌週は笹塚駅で待ち合わせし、駅から徒歩八分のところにある沢井咲のマンションを訪れた。

 初めての女性の部屋訪問。料理を作ってくれるという彼女の後姿を眺めながら、所在無くソファーに座った。ふと、リビングの隅に乗馬の動きを模したフィットネスマシンを見つけて興味本意で触ろうとすると、台所から「それを売る通販に出た時に買ってみたの。ほとんど使ってないけど(笑)」と沢井咲。

 彼女は本業の傍らモデルのバイトをしているらしい。この商品を売るための通販番組で実際に商品に乗って使い方を説明するモデルとして出演したらしい。たしかに、綺麗な顔立ちでスタイルも良い、沢井咲が出ていてもおかしくはなかった。

 そして、これまで通販番組に登場するモデルの人生に想いを馳せたことが無かった自分に気付いた。たしかに彼女、彼らにも生活があり、時には恋愛もするだろう。実際にその人が目の前にいて、ボクと関係を持ったことに、なんだか自分も広い社会の一部になれたような不思議な感覚を覚えた。

「駅からの道はもう覚えた?今度から一人で来られるよね?」ラザニアをテーブルに運びながら沢井咲が確認したので、「うん、わかると思う。多分ね」と応えた。

 そのやりとで、ボクらはもう付き合つことになったんだと気付いた。

次回、第二十九話は6月17日(木)公開予定

【作者より】
 先週木曜日は更新できず、すいませんでした!仕事がいっぱいいっぱいで…来週からはペース立て直します!創作にもっと時間を使いたい。やはり時間に余裕のある仕事をすべきなのか。

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