ミサンドリー(男性嫌悪)と生きる
初めて痴漢されたのは小学4年生のとき。
中学生のときは男子にズボンを下ろされた。
高校生のときには電車で通っていたから痴漢もたくさんされたし、駅から家の近くまでストーカーされたこともある。
バイト先にもストーカーがいて、バイトを辞めざるを得なかった。
弟とケバブを食べようと思って、ケバブ屋に入ったら店員にキスされて色々触られた。
スーパーでナンパしてきた男性は、私の幼い頃からの友達の旦那だった。授かり婚をこの前したばかりだったはず。
私は、男性が嫌いになった。全ての、とは言わない。だけど、こんなことされると思っていなかった。だけどされた。見た目だけで、普通の男性か、悪い男性かなんて見分けつくわけがない。嫌なことをされた。とんでもなく嫌なことをされた。だから私は、男性が嫌いになった。
初めて痴漢されたとき、本屋で本を選んでいた。少女漫画コーナー。はじめはなにをされたのかわからなくて、キョロキョロしてしまった。その次に、自分がされたことをはっきり理解して、恥ずかしくなった。
同時に、悔しくて、辛くて、苦しかった。
自分の身体を、赤の他人に触られた。
しかも、お尻を、撫でるように。
なんだろう、今もあの感覚を思い出すときがあって、だから本屋では後ろを振り向いてしまう癖がついた。
そのあとトイレを必死に探して、落ち着こうと必死になったことを覚えている。確か、両目から、一粒ずつ、大きな涙を流した。
中学生のとき、男子の中でズボン下ろしが流行っていたようだった。教室の隅で、廊下で、部室で。至るところでお互いのズボンを下ろしあっては楽しそうにしていた。
それがいつしか、ターゲットは女子になっていた。
友達がズボンを男子に下ろされたとき、顔を真っ青にしていた。男子はなんか喜んでいたみたいで、それがまた、不気味に思えた。
私も3回ほど下ろされた。
下ろされたとき大きな声で叫んで、急いでズボンを上げた。
次に周りを見た。
みんながこっちを向いていた。みんなが私の、さらけ出してはいけない部分を見たんだ。と思って、急に怒りがこみ上げてきた。
こんなことして楽しいのか?一体なんのため?
泣いている女子もいた。だけど男子はやめなかった。
どうしてこんな犯罪がまかり通るんだろう。
私は20歳になった今もそのことを思い出す。きっと私の下着を見た人たちはもう私の下着のことなんて覚えていない。
だけど私は、覚えているからな。一生傷が残っているんだからな。
楽しかった。じゃない。犯罪者め。
高校生のとき部活で疲れて帰りの電車で眠ってしまった。太もものあたりに違和感を感じて目を覚ました。
制服のスカートのポケットに手を入れられている。ポケットの中でも一番生地の薄いところを探り当てて、私の太ももを触っているのがわかった。
急いで席を移す。それでも隣に座ってくる。泣き出しそうだった。車両にはその人と私ぐらいしか乗っていないことが怖かった。
恐怖だった。私は男性に勝てるほどの腕力もない。
もしここで、太ももを触られることを拒否したら、首を絞められるんじゃないかとか、殴られるんじゃないかとか、色々めぐって私は結局、そこで泣き出してしまった。
そしたらその人は、スカートの中に手を入れてくる。もうだめだ。こんなことされるくらいだったら死んでしまいたいと思った。
遊び半分なんだろう。
許されると思っているんだろう。
どうしてそんなに簡単に、人の心にナイフを突き立てることができるんだろう。
私が女だからなんだろう。
弱いからなんだろう。
私はあのとき、人間だったんだろうかと思うことがある。
意思のある人形のように思われていたんじゃないかな。
私がどう傷ついたって、どうだってよかったんじゃないかな。
部活が忙しくて、高校生の頃は夜遅くに家に帰っていた。
駅から自転車に乗って家まで帰る。違和感に気づいたのが遅すぎた。
同じ自転車がずっと私の後ろにいる。信号待ちのときは距離を置いている。
それでも私は、同じ道なんだろうと思っていたけれど、怖くなって家にはすぐに帰らず、グルグルと周りの大きい道を回ってみた。
すると、ついてくる。ぴったり同じ距離を保ったままついてくる。
止まってはいけないと本能で察した。後ろをチラッと振り向くと、中年の男性が乗っている。
捕まったら終わりだ。
殺されてしまうか?
殴られてしまうか?
強姦されるか?
必死で自転車を漕ぐ。自転車のライトを消して、目立つ色のリュックを背負っていたから急いでおろして前カゴに入れる。
しばらく色んな道を曲がって曲がっていると、ついに気配がなくなった。
家に帰るまでに、駅から1時間ほどかかってしまった。普段は15分程なのに。
なんで?あいつのために?私がこんなことを?と思った。
誰がどう考えても私を追いかけてくるそいつが悪いのに、なんで私が?
自衛ってなに?こんなに命がけで自転車を漕ぐことが自衛なの?
毎日このおっさんが私を追いかけてきていたらどうすればよかったの?
毎日自衛?それでも殺されたら?殴られたら?そのときは、私の自衛が足りなかったことになるのかな?
その人は本当にしつこくて、私が高校を卒業しても私を追いかけてくることがあった。
その日はたまたま歩いて駅から帰っていた。見慣れた自転車、見慣れたおっさん。
あ、やばい。
走って木の影に隠れる。その隙に近所の友達に電話する。家までおいでと言ってくれたから友達の家まで走る。
あ、まてよ。
今友達の家に入ったら、友達の家が私の家だと勘違いして、友達に迷惑が.........
私は急いで友達の家に行くのをやめて大通りに出ることにした。すぐ近くに国道がある。そこまで走った。
なにされるかわからない恐怖って、イコール命がかかっているということなんだよね。
死ぬかもしれないっていう恐怖なんだよね。
家を知られたら家族にも迷惑がかかるんだよね。
友達も頼れず、ただただ全力で走っているとき、私は、誰のためにこんなに走っているのか、わからなくなってきていた。
その人に最後に会ったとき、自転車で並走してきて、「お姉さん、」と言われた。
そのあとは聞こえなかった。
だって私が叫んだから。
汚い言葉を叫んだ。
だけど、私がこれまで感じてきた痛みに比べたら、
きっとかわいいものなんだよ。
バイト先でのストーカーは本当に私の中でも伝説。
私と初めて会ったとき、私に握手を求めてきて、あとは電話番号を教えてくれと迫ってきた。
厨房にいたバイト仲間が私を休憩室に押し込めて、その人が帰るまで待っていていいと言った。
帰りはバイト先の人が送ってくれたり、途中まで一緒に歩いてくれたりした。
1人で帰っちゃだめだと言われて、そんな大袈裟なと返したことがあるけれど、この前電話でも矢野はいますかと聞かれた。だからだめだと言われた。
ゾッとした。
その男性は私がいてもいなくてもうちのバイト先に来た。
私を見つけられないと不機嫌になって帰った。
私を見つけると私が接客してくれるまで帰らなかった。
次第に、仕事なんてできなくなっていって、仕方なしにバイトを辞めた。
初めてのバイト先だった。
オープンニングスタッフだったからみんな同期だった。
みんな優しかった。
年齢関係なくつるんでくれた。
失敗した。だけどみんながフォローしてくれた。
それが楽しかった。
でも全部、あのストーカーに壊された。
隣の大きな駅の前の通りには、小さなケバブ屋がある。
気が向いたので、弟にそのケバブを買って帰ろうと思った。
入ってすぐ注文をした。小さなテレビを見ながらケバブが用意されるのを待った。
そしたら後ろから男性店員にピタッと身体を密着させられた。なんだろうと思って身体をねじっても、離れない。まずい、と思った。
胸を触られた。椅子から下ろされてスカートの中に手を入れられた。
頭が真っ白になって、弟のためとかそんなのはどうでもよくなって、とにかく逃げたくて仕方なかった。
人の身体って、そんなに簡単に触っていいものなんだね。
キスをされた。スカートをまくられたとき、もうだめだと思って真顔のまま泣いていたと思う。店を出るまでなんとか我慢していたけれど、店を出た瞬間顔を歪めながら泣いてしまって、唇に残る男性店員の感触に耐えられず、道路に唾を吐いた。
家に帰るまでフラフラとしていた。泣いてもなにもすっきりしないのが、心の傷の深さを物語っていた。
家に一番近いスーパーでカップラーメンを選んでいたらナンパされた。
話しかけられたとき、まさかナンパだとは思わなかったのですぐに顔を上げた。
そしたら見覚えのある顔だった。この前見た。なにかで。あ。SNS。友達が結婚しまーすって、載せてた写真。その他にも、その友達が何度も何度もこの人との写真を載せていた。
「お姉さん彼氏いる?いないならさ、」
私は気が遠くなりそうだった。
妊娠に喜んでいた友人の顔が浮かんで、やりきれない気持ちになった。急いでその場を離れたけれど、買い物を続ける気力も失くしてそのままスーパーを出た。
こんなことがあってたまるか。
きっと私だけじゃない。
他の女の人にも声をかけている。
ああ、なんでこんなことが。
辛いとか、悲しいとか、そんな単純なものではなくて、どこか遠い世界の話であってほしいと願ってしまった。
友達のことを、これからも騙し続けてほしいと願った。
友達が悲しむ顔を、見たくなかった。
素敵な男性にもたくさん会ってきた。だからこそ申し訳ないとは思う。男性が嫌いで、心底嫌いで、ごめんなさい。
素敵な人は、素敵なままでいてほしい。私はきっとその人のことを、男性という枠組みから外して大切にしたいと思う。
私の身体は私のものであって、そう簡単に触れていいものではないと思う。
私は女だけど、男性が性的な目で見るために私は存在しているわけではない。
自分が女であることが嫌になったことの根っこには、こんな経験が埋まっている。
消えたりしない。
根強くて、深い傷。
私が、女でなかったら。
今頃、こんなことを思い出して苦しくなる必要もなかったんだろうな。