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vol.54 兵庫県知事問題を見て思ったこと

はじめに

兵庫県知事のパワハラや暴言等の疑惑で告発文書で指摘された問題が大きな注目を集めています。

この問題は、地方自治体に限った話ではなく、より広範囲な組織におけるガバナンスのあり方に一石を投じるものかと思われます。

そこで今回は、「兵庫県知事問題を見て思ったこと」として、会計士である私がこの問題をどのように考えたか、特に内部通報制度の重要性について考察してみたいと思います。


兵庫県知事問題の概要

兵庫県知事問題の要点は以下の通りです。

1. 斎藤知事のパワハラや暴言等が、告発文書によって指摘。

2. 県議会で百条委員会 (*1) が設置され、調査が進められている。

(*1) 地方自治法第100条に基づき地方議会が設置する特別委員会。 自治体の事務に関する調査権を持ち、関係者の出頭や証言、記録提出を求める強い権限を持つ。

3. 県庁職員を対象にしたアンケートでは、およそ5割で知事のパワハラ疑惑を見聞きしたとの回答。

4. 告発文書を作成した元西播磨県民局長が懲戒処分を受けた後、2024年7月に姫路市内で死亡 (自殺とみられている)。

5. 主な論点は以下のとおり。
(1) 告発文書が公益通報者保護法 (*2) 上の公益通報の対象に該当するか
(2) 同文書作成者が同法の保護対象となるか
(3) 兵庫県の対応が同法に違反していたか

ここで (*2)公益通報者保護法という法律が突然出てきますので、次のセクションではこの法律の概要について見ていこうと思います。

公益通報者保護法とは

公益通報者保護法は、企業や行政機関の不正を内部告発した労働者を保護する法律です。主な特徴は以下のとおりです。

1. 企業や行政機関の不正を内部告発した者を保護

2. 2022年の改正で通報者の範囲が拡大され、退職者や役員等も保護対象に

3. コンプライアンス強化や不正防止を目的としている

4. 通報者は解雇等の不利益取扱いから保護される

5. 通報対象となる法令違反行為や人の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる事実を規定

兵庫県知事問題の違法性については、専門家から公益通報者保護法違反の可能性が指摘されています。特に、告発文書の真実相当性 (*3) の判断や、通報者特定のための調査が問題視されています。

(*3) 通報内容が真実であると信じるに足る合理的な理由があるかどうか? 兵庫県知事問題では、告発文書の内容に真実相当性があるかどうかが、公益通報者保護法の適用可能性を左右する論点となっている。

2024年9月6日時点において法的な結論は出ておらず、百条委員会での調査が継続中と理解しています。

私は法律の専門家ではなく、中立な立場から今後の議論をファクトベースで見守りたいと思いますが、今回の問題はコーポレートガバナンス (例えば、財務報告に係る内部統制報告制度: 以下「J-SOX」) にも強い関連性があると感じました。そこで次のセクションでは公益通報者保護法とJ-SOXの関連性をまとめてみたいと思います。

公益通報者保護法とJ-SOXの関連性

公益通報者保護法とJ-SOXは、組織のコンプライアンスとガバナンス強化を目指す点で関連しています。公益通報者保護法は内部通報制度の整備を一定規模の事業者に義務付け、J-SOXもこれを有効に機能させるよう要求しています。

内部通報制度を導入する場合、経営者は、内部通報制度を有効に機能させるために、通報者を保護する仕組みを整備するとともに、必要な是正措置等を取るための方針及び手続を整備することが重要である。

出典: 財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準 | 太字は筆者

公益通報者保護法とJ-SOX双方共に、内部通報制度の導入により、リスク管理の強化、経営者の責任明確化、情報開示が促進され、ひいては組織の透明性と健全性が向上するものと期待しています。

では次のセクションでは内部通報制度の重要性について、いくつかの具体例と共に考えてみたいと思います。

内部通報制度の重要性

内部通報制度は組織の透明性や健全性向上を考えるにあたり、とてもパワフルなツールになり得ます。

1. 不正発覚のルートとインパクト
日本公認不正検査士協会から2024年7月23日に公開された「職業上の不正に関する国民への報告書」を参照し、内部通報の重要性に関する主要なファクトを以下にまとめます。

(1) 効果的な不正発見手段: 内部通報は不正発見の最も効果的な手段であり、全体の43%の不正が通報 (その多くは従業員による内部通報) によって発見されています。(24ページ、図13参照)

(2) 損失の軽減: 内部通報制度を設けている組織は、そうでない組織と比較して、不正による損失額が50%少なくなっています。(40ページ、図28参照)

(3) 早期発見: 内部通報制度を設けている組織は、不正発見までの期間が半分になっています。(41ページ、図29参照)

これらの結果は、内部通報制度が不正の早期発見と損失の軽減に極めて効果的であることを示しています。

内部通報が損失の軽減につながるということは、内部通報の運用状況がステークホルダー等にとって極めて重要な情報となりうるわけで、実際に内部通報数を開示する動きも出てきています。

2. 内部通報数の開示

有価証券報告書の非財務情報を見ると、内部通報件数を開示している事例 (強制開示事項ではなく、自発的開示) が出てきています。

(1) シスメックス株式会社: 2023年度の内部通報件数 26件
(2) グローリー株式会社: 2023年度の内部通報件数 31件 (うち、ハラスメントに関する相談18件)
(3) 株式会社ダイセル: 2023年度のヘルプライン通報件数 76件

内部通報制度は組織運営上極めて有効な仕組みであり、今後も分析や開示の事例は増えていくものと予想されます。

まとめ

行政組織の問題を内部通報制度の観点からJ-SOXへと展開し、「兵庫県知事問題を見て思ったこと」としてまとめてみましたがいかがでしたでしょうか?

そういえば去年の年末に起きた会社の事例も内部通報制度の活用によるものでした。

兵庫県知事問題は、今週も百条委員会での検討やマスコミの報道が続きそうですが、これを機に内部通報制度の重要さや通報者保護についての議論も盛り上がってほしいなと思いました。

私自身、1人の会計士として、今後も、コーポレートガバナンスやJ-SOXを魂を込めて組織に浸透させ、健全なガバナンス体制の構築に尽力していきたいと思います。

おわりに

この記事が少しでもみなさまのお役に立てれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX(@tadashiyano3)までお寄せください。

この記事に記載されている内容は、私の個人的な経験と見解に基づくものであり、過去に所属していた組織とは関係ございません。

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