vol.56 会計で考える二重価格問題
はじめに
新型コロナウイルスの影響が和らぎ、インバウンド需要が急回復を見せる中、日本国内の観光地を中心に「二重価格」の事例が相次いで報告されています。同じ商品やサービスに対して、異なる価格が設定されるこの現象は、多くの人にとって直感的に違和感を覚えるものかもしれません。
本記事では、「会計で考える二重価格問題」というテーマで、会計士の視点からこのインバウンド二重価格問題を整理してみたいと思います。
二重価格の事例
日本国内のみならず、諸外国でも二重価格やその検討事例がみられます。
(1) 日本国内の事例
姫路城の入場料:日本人観光客と外国人観光客で異なる料金設定が検討されていました。
その後、市民以外の料金設定を変え、訪日客向けにはプレミアムプランを検討する方針とのことです。
飲食店の料金設定:日本人と外国人とで価格が異なるケースが出てきています。
確かにウェブサイトを見ると、日本人や国内在住で割引とあります (その他、ジェンダーでも価格が異なる)。
(2) 諸外国の事例
ギザのピラミッド (エジプト) : エジプト人やアラブ諸国の方は 60EGP (約180円)、他の外国人は 540EGP (約1,600円)と9倍の価格差があります。
マチュピチュ (ペルー) : オンラインチケットのサイトを見る限り、外国人、アンデス共同体、ペルー人、地元の方によって異なる価格設定がなされています (価格は選択するルートによる)。
他にもWebサイトを検索すると他にも二重価格に関する事例は出てくるのですが、一次情報を探しにいくと明確になっていないケースもありました。いずれにせよ、日本を含めたこれらの事例を見る限り、観光地やその関連業界において二重価格が生じやすいものと思われます。
会計で考える
食事や観光地を楽しむという行為は、「商品やサービスを消費する」と整理できます。商品やサービスを提供する側の視点に立てば、いわゆる「売上」を立てることになるので、以下収益認識に関する会計基準 (IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」)を見ていくこととします。
IFRS15号では商品やサービスを「財又はサービス」(IFRS15.2) という小難しい言葉で整理しており、この後はこの言葉を使っていきます。
ここで、監査人や会計士が同じ財又はサービスであるにもかかわらず、二重価格のように価格が異なる場合、例えば、以下のような疑問が生じます。
安い価格での提供: 実質的に寄付ではないか?
高い価格での提供:見返りとして異なる財またはサービスが混入しているのではないか (不正の可能性を含む)?
そこで、次のセクションではなぜ二重価格が起きるのか、その理由について考えてみましょう。
なぜ二重価格が起きるのか?
同じ財又はサービスに対して、異なる価格が付く理由として、以下が考えられます。なお、一旦日本の観光地をベースとしていますが、諸外国でも同じロジックが成立するものと思われます。
別市場の存在:日本人市場と外国人市場は、異なる特性を持つ別個の市場として捉えることができます。一般的に、価格は需要と供給で決まりますので、同じ財又はサービスであっても、市場が異なれば価格も変わる可能性があります。
情報の非対称性:外国人観光客は一般的に、現地の物価に対する情報が十分ではありません。
価格弾力性の違い:外国人観光客は様々な制約の下 (例: 休みを何とかとり、このタイミングでしか楽しめない) で日本を訪れており、一般的に、価格の変動に対する需要の変化(価格弾力性)が日本人と異なる可能性があります。
日本人向け割引の存在:外国人向け価格が「通常価格」で、日本人向けに割引が適用されているという見方もできます。
追加コストとサービス:多言語対応や外国人向けの特別なサービスなど、追加のコストやサービスが価格に含まれている可能性があります。
観光資源の維持:観光資源の維持・保全のためのコストを、主に観光客から回収するという考え方があります。この場合、日本人は既に税金を通じて観光資源の維持に貢献しているため、外国人とは異なる価格設定が正当化されるという整理となります。
IFRS15の観点から
IFRS15では、売上を計上する際の金額について実に多くの規定を置いていますが (今回は記事の趣旨を鑑み、詳細は割愛します)、その中に「独立販売価格」という概念があります。
ここでIFRS15 BC269では、独立販売価格を見積もる際、以下のような要素に言及しています。
外国人観光客の為に必要な追加コスト (例: 外国語ができる人材の採用と配置)、観光資源の維持 (例: オーバーツーリズムの低減)、あるいは別の市場 (例:日本人市場と外国人市場)といったように、二重価格の経済的合理性さえ説明がつけば、会計基準上も手当てがなされているものと思われます。
後は、売手がしっかりと二重価格の根拠を理論武装し、利害関係者 (外国人観光客のみならず監査人も!?) に納得のいくような説明ができるか否かがポイントといえるでしょう。
まとめ
インバウンド二重価格問題を「会計で考える二重価格問題」として整理してみましたが、いかがでしたでしょうか?
公正価値に関する会計基準 (IFRS13号「公正価値測定」では、公正価値を以下のように定義しています。
こちらを見ても、会計基準は、同じ資産に対し複数の市場が存在し、異なる価格が付くことをも前提にしていることが分かるかと思います。
しかしながら、二重価格の問題は単に会計や資本主義の論理だけで判断されるべきではありません。公平性や倫理的な観点からも、様々な議論が行われるべきだと考えます。
海外には以下のような記事もあり、観光産業の持続可能性と公平性のバランス、地域住民と観光客の共存、文化遺産の保護と活用など、多角的な視点からこの問題を考え、丁寧に情報発信していく必要があるでしょう。
その際は、非財務情報やインパクト加重会計といった財務資本以外を取り扱う新たな会計がまた活躍してくれるのではないでしょうか?
おわりに
この記事が少しでもみなさまのお役に立てれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX (@tadashiyano3) までお寄せください。
この記事に記載されている内容は、私の個人的な経験と見解に基づくものであり、過去に所属していた組織とは関係ございません。