第三者のまなざし
アカデミー賞受賞で話題の映画、パラサイトを観た。今日はその感想を書いてみようと思う。趣味の一つに映画鑑賞があるが、レビューを長々と書いたことはなかった。観て面白かった映画をインスタグラムに記録しているが、なるべく主観的な意見が含まれないよう、語り過ぎないよう、ただの記録として投稿している。だが、今回は挑戦だと思いnoteに書いてみようと思う。
この頃、思考や感情を言葉にすることを怠っていて、瞬発力もなく、集中力もなくなっているように思う。一人暮らしの家という箱から、会社という箱に移動して、また箱に戻る。そんな暮らしを続けているのもつまらないから、せめて自分の想像力と思考を箱の外へと巡らしてみようと思う。
ネタバレを少し含むので、ご注意を。
わたしはこの映画を、エンターテインメントとして心から楽しんだ。素晴らしい脚本と役者、ほぼセットだという計算し尽くされたシーンの画。終始面白く、観終わったあと立ち上がって拍手をしたいような、非常に「好きな」映画だった。
ここで描かれていた格差社会について考えることがあった。
ある2つの家族と住む家にスポットを当て、韓国の格差社会を描いていた。しかし、格差といっても単純なものではない。たとえば、貧しい家族として描かれている半地下の母や娘の方が、裕福な家族として描かれている丘の上の夫人よりも”スペック”が高い。家事が全くできない夫人に対し、テキパキと家事をこなす半地下の母。社会的には”無職”と表現するしかない娘も、卒業証明書を偽造するほどのPCスキルもあり、魅力的な語り口で人の懐に入り見事に家庭教師の仕事を得てこなす知性もある。チープな英語を連発する夫人よりよほど”賢そう”なのだ。
能力が高くても就職できない超学歴社会の闇を抱えた韓国の姿、というのはもちろんそうだが、そこには自己責任で片付けられない貧困が横たわっているような気がした。
貧困は自己責任か?努力は才能か?
生まれた環境が、そもそも努力できる環境ではなかったとしたら。日々を生きるのに精一杯で、その環境から抜け出すという発想すら持てなかったら。
貧困は努力不足なのだろうか、自己責任だろうか。
どんなに丘の上の家族に近づいたところで、半地下の臭いが身体から染み付いて消えないという描写がある。この臭いが引き金となって悲劇が起こる、その表現も見事な、悲惨なものだった。
染み付いて消えない臭いのように、どんなに努力しても抜け出せない貧困があるのではないか。そんなことを考えた。
地下に住む夫婦が、時折りリビングへ上がってきて、丘の上の夫婦のコレクションである音楽やダンスを嗜んでいる描写もある。美的感覚に差はなくとも、住む世界には圧倒的な差がある。丘の上と、半地下と、地下。その貧富の格差なんて、生まれつきの環境や、運や、偶然の重なりでなってそうなってしまうのではないだろうか。
友人とこんな話をしていると、彼女は心の隅に引っかかっているというレビューについて聞かせてくれた。
わたしは、このレビューについて自分の意見を即座に持てなかった。肯定も否定もできなかったし、かといって中立の立場でこう思うという意見すら述べられなかった。
友人には正直に伝えたが、彼女も同じ思いだったようだ。
たしかに自分が当事者だとしたら、この映画のことは許せないかもしれない。だって、自分たちの存在や現状を知ってもらったとて、希望が残されているような話ではなかったからだ。社会への問題提起としてインパクトのあるストーリーと画ではあったが、エンタメとして消費されたとて半地下の人々の暮らしが良くなるとも思えない。彼らにはこれからも同じような日常が続くのだろう。
しかし、だとしたら、映画「万引き家族」が希望を一切残さず社会へ現実を叩きつけた、児童虐待の問題について、あれは無意味な描写だったのだろうか。
少なくとも社会へ与えたインパクトが大きく、観た人にとってこの問題をより身近なものに感じるきっかけになったのではないかと思う。
そして、この第三者としてのまなざしに自覚的になることにこそ意味があるのではないだろうか。エンタメとしてとても面白く、とても素晴らしい作品だった。それは、観客をストーリーの中に引きずり込む脚本と、随所に散りばめられたメタファー、大好きなソダムちゃんをはじめ素晴らしい役者達の演技、箱をスクリーンに綺麗に収めたセット、そして、「わたしが第三者だから」楽しむことができたのだ。当事者ではないからこそ、怒りを覚えることなく映画として楽しむことができた。わたしのまなざしは、あくまでも第三者である。それさえ忘れなければ、やはり作品として楽しんで良いのではないだろうか。
はたして当事者のまなざしで映画を作ったら、それは作品として面白いものになるのだろうか。純粋な映画好きとしては、韓国映画のレベルの高さを改めて思い知った作品だった。日本よりも映画館で映画を観ることが身近で、国民の目が肥えているからこそ、映画界のレベルが底上げされた韓国。そんな韓国で認められた面白い作品に今後も出会いたい。
とにかく良かった!
……書き終わったあとに思った。むずかしく考えて書いたけど、結局エンタメとして面白かったよ、と軽くまとめてしまった感が否めない。けれど、これが素直な感想でもある。最後のモールス信号の手紙、息子から父に向けての手紙、どう思いました?あれは計画なんです。手紙にしたためた計画です。でも、計画なんてその通りにはいかない。そうお父さんは言ってましたよね…。はい。きっと息子自身もうまくいかないことを自覚した上での手紙なんです。面白いですよね…ひぃ………。もう、面白いでいいじゃない。あ、ネタバレがあると序盤でお伝えしていたので、最後まで読んでくださったのは映画を観た方たちでしょうか?ぜひ感想を語り合いましょう。