福島・北新地を彷徨き、堂島サンボアでハイボールを飲む
尼崎センタープール前駅から各駅停車に乗った俺は福島駅を目指した。
県外の人には分かりづらいかもしれないが、一人で食べたり安い値段でワイワイと飲み食いしたとなるとキタ近辺で選択肢に挙がるのは堂山・天満・京橋、そしてこの福島だ。梅田近辺はあまりにも洗練されすぎているので、安い料金で高い満足度を得られる店が少なくなりつつある。そう考えた俺はまず福島で降りて店を見て回る事にした。
到着したのは17時前後だった。ぼちぼちと居酒屋が開き始める時間である。そそられる雰囲気の店や、既に人が入って飲み始めているのが見えている居酒屋など色々とあったが結局はハッピーアワードリンク1杯190円というのに釣られて『やきとり家すみれ』に入ってしまった。(チェーン店である)
すみれの特徴はお通しで出させる塩キャベツが食べ放題である事だろう。がぶ飲み赤ワインソーダと共に頂く。
スピードメニューではねぎドカ冷奴を頼む。これも塩が効いてて美味しかった。
メインで頂いたのは唐揚げ。レモンを振りかけて食べる。合わせる飲み物はレモンサワー。結局時間内に3杯飲んでお会計。
多少顔を赤くさせながら、福島を出て曽根崎通を沿って北新地へと向かう。通りに沿って歩くと大阪駅前第1ビルが見えてくるのでそれを右に曲がり一つめの角を曲がると新地本通りに入る事になる。
住まいが大阪の南の方にあるので北新地とはほとんど接点が無かった自分にとっては新鮮な光景に映った。おのぼりさん全開で写真を撮りまくる。北新地はミナミと違って客引きもしつこくないので一人でうろつくのは案外楽であった。
時刻は19時前だっただろうか。出勤前のホステスさんやそれを迎える為に待っているボーイの人達でにわかに慌ただしく映る。そしてその横を気分良く会話をしながら通り過ぎるスーツ姿の集団。彼らは色々と歩きながら1組、また1組と店の中へと消えていった。
北新地の素晴らしい所はオフィス街であるビルのすぐそばにこの花街が広がっている所である。エラい人が集まるのも納得できる光景だ。端から端まで歩き、一度引き返すような形で目的地へと向かった。
2件目に訪れたのは一度は行ってみたかった「堂島サンボア」だ。サンボアというのは京都・東京にもあるスタンディングバーだ。ここはとにかくハイボールが有名らしい。
店に入ると、マスターとボーイ、右端のカウンターに初老の男性が二人、左奥には老紳士が居た。外の喧騒とは打って変わって何も音楽が掛けられてない静かな空間。カウンターしか大きな灯りが灯されたおらず、飛び込むようにして入った自分は明らかに場違いに映った。まるで、急に出番を振られた役者のような気分だった。
ボーイ「何にしましょうか?」
俺「ハイボールで……」
ボーイ「あの、何のハイボールに……」
俺「えっ?……」
ハイボールといえばそれが出てくるという居酒屋に慣れすぎていた俺はパニックになってしまった。何をどうすればいいのか分からない。しかし、固まっていた俺に助け舟を出してくれる人が居た。左隣にいた老紳士だ。
「ここに来たなら角ハイがオススメやよ」
と言われたので、俺は「じゃあそれで」と言い、ボーイが頷き、マスターが手慣れた手つきでハイボールを作り始める。冷蔵庫から角瓶とウィルキンソンの瓶を取り出すと、まずはグラスにウイスキーをツーフィンガー分入れ、専用の器具でウィルキンソンの栓を抜きそれをそのままグラスに注ぎ入れる。仕上げにレモンピールを振りかけて手早くサーブされた。
出されたハイボールを一口飲む。「美味しい?」と老紳士が俺の方を向いて聞いてきたので「美味しいです……」と首を何度も頷きながら答えた。本当にこの老紳士の方には助けられた。この場を借りて感謝申し上げたい。
味の方は本当に美味しかった。こんなに味が透き通ったハイボールというのは飲むのが初めてで普段飲んでいるハイボールとは全く違うものだった。何度か飲んで、落ち着いた所で煙草に火を点けた。煙草の煙を吐き出しながらその場で店内を見回す。「生きた美術館」と呼ばれるだけの美しい調度品の数々が店内を静かに彩る。そこで携帯を触るのは勿体ない気がした。何故ならば、店内を見るだけで楽しいし男性が会話をしている話し声が心地よいBGMだったからだ。老紳士も黙々とハイボールを口に運び、煙草の箱を指で何度か弾いてそこから煙草を一本取り出し、マッチで火をつけていた。吸っていたのはロングピースだった。こんな粋な人が居るのかと俺は思った。サンボアのハイボールは特に注文をつけない限りツーフィンガーで出される。だから味は濃く感じられる。角ハイを飲み切った俺は棚にあって目についたグレンフィデックを頼む事にした。もちろんこれもハイボールで頂く。
グレンフィデックのハイボールは先ほどの角とは違い、甘さや旨さが明確に強く感じられた。付け合わせの南京豆とよく合う。
飲み終えたグラスをそっと差し出せば次の飲み物を作ってくれる。吸い終えた煙草が何本か溜まったら灰皿を交換してくれる。見知らぬ人に話しかけられるのが苦手な自分にとってはそれだけで充分すぎるものだった。そうしていると、老紳士はお会計を申し出ていた。「お先に」と私に挨拶をして帰って行った。ボーイは店の出口まで立ってお見送りをしていた。恐らくここに長らく通っている常連の人なのだろう。そんな事をボンヤリと思いながらハイボールを流し込み同じようにお会計をした。
北新地に遊びに来るのは社長やら専務やらのお偉いさんが多い。そういったお偉いさんを乗せるタクシーの列を横目に見ながら庶民である俺は西梅田駅へと足を進めて行った。家に帰って調べてみたらサンボアというのは市内に色々と在るらしく、興味が沸いてきた。一人でバーでボーッとしながら飲むのも悪くないな……と思いながら眠りに着く。翌朝、増えすぎた体重に悲鳴を上げる事になるのだがその話は割愛して終わる。(了)