制服の研究 とアカデミー賞 1

種村季弘の著作に『ぺてん師列伝―あるいは制服の研究』と言う本がある。人はどれだけ思い込む生き物かを縷々述べた名著だ。モノを作り発表する人には是非読んでいただきたい。「これで伝わったはず」とか「当然わかってくるだろう」という思い込みをはぎ取ってくれるからだ。
逆に「これをやれば人はわかったつもりになってくれる」と、つけ込む手はずを教えてくれる本でもあるからだ。

さて、過日のアメリカ・アカデミー賞発表の式の騒ぎをニュースなどで読みながら、この種村の名著のことを思い出した。
騒ぎの流れについての詳細はご自身で調べて欲しい。ここではボクがニュースを読みながら「?」と思ったことをまず並べる。

1 ウィル・スミス、今結婚してるんだねぇ。
2 その相手は女優なんだ。
3 その女優さんは脱毛症に困って頭を丸くしちゃったんだ。そしてそれを公表してるのね。
4 司会のコメディアンはその女優さんの頭を『G.I.ジェーン』に例えたのか。
5 『G.I.ジェーン』なんてパッとしない映画をみんな知ってるの!ボクは『プライベート・ベンジャミン』と混同していた。
6 殴ったスミスを非難する人もいれば賞賛する人もいるのかぁ。
7 みんなやけに事情詳しいねえ。ボクは殴った事くらいしか知らなかった。


まぁこんな感じ。

で、思ったのは…。特に1、2、3について。
これってボク以外の世界中が知ってることなのか?スミスの息子がいることは共演したので知っていたけど、現在奧さんがいることをボクは知らなかった。
アカデミー賞発表のパーティは会員にとって正式な場なので、男優賞候補が来場してそのとなりに女性がいれば「まぁ奧さんだろう」くらいの推測がボクにもつく。でも、その人が脱毛症を患った挙げ句短髪にしてるとどうやったら知れる?『G.I.ジェーン』撮影中のデミ・ムーアや『エイリアン3』撮影中のシガニー・ウィーヴァーが来場していたら、
「仕事であんな髪型にしてるんだろう、女優だから」
としか思わないし、女優じゃなかったとしても
「髪型は自己主張だから、なんか主張したいんだろうな」
くらいにしか思えない、間違いなく。

ここで問題なのは
司会者は上のことを全部知っていたかどうか

スミスは上の事を司会者が知ってると知っていたかどうか
じゃないかしら。

仮にボクが司会者で
「『G.I.ジェーン』の新作が出来るの?」
なんて軽口を言ってスミスに殴られたら「なんでぇ?」となるだろう。スミスは「事態を知らないオッサンを殴った人」だ。

もうおわかりでしょう、スミスは
自分の妻の事情は世界中の人に伝わってると思い込んじゃってる男

なのです。その思い込みのせいで全てのキャリアを棒に振るかも知れないのだ。漫画家が
「あー、読者に伝わってると思ったけど伝わってなかった」
と悔やむレベルではないくらいの失態かも知れない。

そんでそれをスミスを上回るスケールでやってる人がいる。
それは次の稿で。

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