【トイ・ストーリー4】これは役職定年の物語【映画感想文】
※この記事はトイ・ストーリー3と4の結末込みのネタバレ、トイ・ストーリー・ホテル内部の画像を含みます。
2022/6/17と6/24の金曜ロードショーが、『トイ・ストーリー3』と『トイ・ストーリー4』を2週連続で放送するという知らせが入った時。Twitterのざわめきはなかなかのものだった。多くの方がご存じの通り、『トイ・ストーリー・シリーズ』ファンの中で、3と4の評価はかなり分かれているからだ。
Twitterには、「トイ・ストーリー3の後に4を放送するなんて、人の心がないのか……」という旨のつぶやきも見られた。
ほろ苦くも希望が持てる『トイ・ストーリー3』
『トイ・ストーリー3』は、それまでの集大成にふさわしい感動作として多くのファンを魅了した。
このあらすじからもわかる通り、『トイ・ストーリー3』ではいよいよアンディとオモチャたちに別れの時がやって来る。
『トイ・ストーリー・シリーズ』をリアタイで追いかけ、共に成長してきたファンにとって、アンディとオモチャたちの別れを思うだけで胸がいっぱいになるだろう。と同時に、この物語は、観客である自分とオモチャたちの別れ、そして自分とアンディとの別れを意味する。
別れは確かに切ないものだった。アンディは最後までウッディを手元に置くか葛藤し、結局ボニーにウッディを”託す”。この、アンディの硬い決意によって導かれた「オモチャたちはアンディと別れても、ボニーと共に仲良く暮らす」という明るい未来を示唆した結末は、大勢のファンに支持されている。(私も大好きだ。一連の場面を思い出すだけで、目頭が熱くなる。)
また、悪役だったロッツォも新たな居場所が出来るのも、『トイ・ストーリー3』の魅力。ロッツォの今後は、想像するだけで一本の映画になりそうだ。
“役職定年”とは何か?
さて、ここでいきなりだが、この記事のタイトルにある”役職定年”について触れたいと思う。ディズニー映画とはかけ離れた単語だが、私が『トイ・ストーリー4』を映画館で観ながら真っ先に浮かんだ単語だ。
これ、実は結構残酷な制度だ。私がかつて組織の人材育成をどうにかする仕事をしていた時、この制度に関する相談は本当によく耳にした。特に多いのは、
「役職定年を迎えた社員の扱いに困っている。やる気をなくしてマイナス発言が増える、平社員なのに偉そうな態度を取るなど、周りに悪影響を与える人が多い」
なんて残酷な!
誇りを失くした人がどんな行動に出るか、その典型例は、役職定年と状況は違えど、『トイ・ストーリー3』のロッツォを見れば明確だろう。
そもそも、役職定年の制度が出来たのはそれほど昔ではない。上記記事内、平成29年時点で”大企業を中心に広まりつつある”と記載されている通り、比較的新しい制度・概念だ。
つまり、今時点で大企業の役職(例:部長)に就いている人たちが若い頃にはこんな考え方は無かった。部長になればずっと部下の上に立ち、定年退職時には部長として敬意をもって見送られるはずだった。そう思っていた人たちが、「はい、●歳になったから平社員に戻ってくださいね(給料は下がります)(嫌なら辞めてね)」と言われるわけだ。
これは定年退職と似て非なる制度だ。何せ、役職は無くなっても在籍しているわけだから。前日まで部下だった社員と同じ立場になる。かつて育てた社員が上司になる可能性もある。自分の名刺から役職名が消え、周囲からの見られ方も変わる。(こういう事態に配慮して異動するケースも多いが、それはそれで……。)
そして、定年退職が近いということもあり、注目されるような大型案件を割り振られるわけでもない。自分がかつて担当していた顧客には、別の若手がアサインされている。
職場に居場所がない。向けられるのは敬意ではなく、憐れみの目や腫れもの扱いの態度。既に役職定年を迎えた人たちの時代は過ぎ去っている。
ちょっとした地獄だ。ここで心が腐ってしまう人が出るのもわかる。
これを踏まえて、『トイ・ストーリー4』のウッディに思いを馳せてみよう。
『トイ・ストーリー4』は知りたくなかった未来
公式サイトには『トイ・ストーリー4』のあらすじが載っていなかったので、キャラクター紹介文を見て頂きたい。
この、「かつてはアンディの一番のお気に入りだった」という部分が、もう辛い。つまりは、「ボニーの一番のお気に入りではない」ことを、明確に示しているからだ。
私たちは『トイ・ストーリー3』までの道のりで、アンディとウッディの深い絆を知っている。アンディがどんな思いでウッディをボニーに託したのかも知っている。だからこそ、思う。
「おのれボニー……。『トイ・ストーリ・シリーズ』を履修しろ……」
当然、子どもとは気まぐれで刹那的で自己中心的、とても残酷な生き物だ。『トイ・ストーリー4』のボニーは、アンディからウッディを受け取ったあの一連の感動シーンのこともすっかり忘れているに違いない。まったくもって、悪気なく。
更に、ウッディ自身も経年劣化している。オモチャを巡る世間の流行だって変わりつつある。
たとえウッディがボニーの一番のお気に入りではないとしても、オモチャたちの中で彼が精神的支柱であるのは間違いない。
しかしそれと同時に、”かつての一番のお気に入り”が全盛期を超えたことは、付き合いが長いからこそ仲間たちにはわかってしまう。ボニーからそこまで気に入られていないウッディに対して、なんとなく(そして悪意なく)、オモチャたちは気遣うような態度を取る。
この状況を見て、私は思った。
「ウッディ、役職定年した……」
彼の状況は、先に述べた役職定年を迎えた人たちによく似ていた。
”一番のお気に入り”というのが役職であれば、彼はその座を降りたのだ。ボニーの一番のお気に入りではなくなった瞬間から。いや、もしかしたら、アンディがボニーに彼を託した時から。
それでも彼は、自分がボニーを支えないといけない、みんなを率いないといけないと思い続けている。自分がやらなきゃ、どうにかしなきゃ。その健気さ、生真面目さが辛い。ウッディの心が腐っていないからこそ辛い。
劇中、私がハッとしたウッディの台詞にこんなものがある。オモチャである自分のコンディションについての発言だが……。
『メンテナンスは怠らないようにしてる』
もちろん、昔からウッディは身だしなみに気を遣っているのだろうけど。あえてこのセリフを『トイ・ストーリー4』のウッディに言わせると言うのが、なんとも……。
これは、『トイ・ストーリー3』の結末を迎えた観客が、ごく自然に考えた希望と緩やかに真逆な状況だ。
「なんやかんやでボニーともみんな楽しく暮らすんだろうな」
「ウッディはこれまでと変わらず一番のお気に入りのオモチャとして名実ともにみんなをまとめるリーダーで居続けるんだ」
そんな希望とは正反対。ウッディは『トイ・ストーリー4』では過去の人になっていた。そして、彼自身もそれに気づいている。
こんなウッディ見とうなかった……。
『トイ・ストーリー4』は、私たちが知りたくなかった『トイ・ストーリー3』の先だ。
ウッディに影響を与えるオモチャたち
更に、『トイ・ストーリー4』には、こんな状況のウッディに影響を与える二人がいる。
1.モチベーションが低い新人・フォーキー
現実世界で役職定年を迎えた人たちには、メインの業務とは違う役割を与えらえることが多い。例えば、新入社員の育成。ウッディは、無意識のうちにその役割を買って出る。相手は、とにかくモチベーションが低い、かつボニーの一番のお気に入り・フォーキーだ。
この通り、彼はメンテナンスを怠らないウッディとは真逆で、おもちゃ意識が低い。確かに彼は市販のおもちゃではないから、仕方ないかもしれないが。
とにかくフォーキーは自分のことで精一杯。ウッディみたいに、「ボニーを見守ろう、心配だ、力になりたい」なんて考えない。身勝手でモチベーションが低く、しかしボニーには一番愛されている。ウッディが少し前まで居た”一番のお気に入り”の立場を得ているのに、それに見合う心意気がまるでない。
普通のメンタルならやられてしまうが、それでもウッディは献身的に働く。実際、ウッディの説得がフォーキーのモチベーションを上げるきっかけにもなる。
とは言え、どれだけウッディが頑張っても、彼自身がボニーに愛されるわけではない。それが辛い。彼の献身でフォーキーがボニーに愛され(評価され)ても、決して、ウッディに光が当たっているわけではないのが辛い。ウッディの全盛期は終わり、時代は移り変わる。
2.独立して生き生きと暮らす元仲間・ボー
『トイ・ストーリー・シリーズ』ファンの多くが驚いた、彼女とウッディの再会。そして、強くたくましくアクティブに、かつ充実した日々を過ごすボーの姿は、『トイ・ストーリー4』の賛否両論っぷりを引き上げたと思う。
”強い女の子”という要素は、昨今の世の中、そしてディズニーが重要視するものだ。私個人は、強い女の子キャラクターを見るのが好きなので、その点からすればボーのこの設定は別に嫌ではない。
しかし一方で、「世の中の風潮に迎合して、ボーの性格を不自然に変えたのではないか」という声が上がるのもわかる。それほどまでに『トイ・ストーリー4』のボーはアグレッシブだった。
実際、様変わりしたボーと再会したウッディは弱々しく見える。スカートを脱ぎズボンを履き飛び回るボー、片や、かつてとまるで変わらないウッディ。自分の思うままに生きるボー、かつての立場にしがみついたままのウッディ……。
こんな対比、見とうなかった……。
しかしだからこそ、二人の再会はウッディの運命を変える。
きっと、今まで一度もウッディは、人間の手を離れて暮らす・仲間たちと離れて生きるという選択肢を考えたことがなかっただろう。そこへ、ウッディが考えたこともない選択肢=独立を果たしたボーが、颯爽と現れた。
これが運命じゃないなら、何が運命なのか。彼女の姿は、ウッディにはどんなランプより明るく輝いて見えたに違いない。
ウッディにとっての、”託す”という行為
『トイ・ストーリー4』の結末は、大勢のファンを驚かせた。あの仲間想いのウッディが、長年共に過ごしたオモチャたちと別れ、ボーと旅立つことを選んだから。
「無限のかなたへ」
「さあ、行こう」
ウッディとバズのやり取りに、号泣したのは私だけではないはずだ。
この結末も、やはり賛否両論だ。わかる。めちゃめちゃわかる。仲間想いのウッディが、彼らを”捨てて”しまうなんて! ウッディはそんなことしない! しないはずだ!
これじゃまるで、観客もウッディに見放された気分になる……。
それは少し大げさだけど、『トイ・ストーリー3』とは違う別れに戸惑ったのは事実だ。
だけど、一方でこの結末は救いでもある。役職定年を迎えたウッディ、いつもみんなを率いて来たウッディ、自分で動かないと気が済まなかったウッディ……。そんな彼が、誰かにその役割・立場を”託す”ことが出来るようになったからだ。
この、”大事な何かを誰かに託す”というのは、『トイ・ストーリー3』でアンディがボニーにウッディを”託した”、あの場面と重なる。
そして、ウッディが大きな決断と共に自分の役割を託した相手は彼。
ウッディの相棒……。ウッディの相棒だってさ……。その言葉だけでもう涙が出て来る。ちょっと天然なバズは、ウッディとは違うリーダーシップを発揮するだろう。もし、ウッディがその場に居たら、あれこれ口を出して結局ウッディがあらゆることを決めるだろう。
だが、もうウッディはその役割をバズに託したのだ。託せるようになった。肩の荷が下りた時、ウッディは”自分の未来を歩む”という選択肢に辿り着いた。役職定年を迎えた過去の人としてその場に残り、虚しさを飲み込みながら献身を続けるのではなく。
かつてアンディがウッディをボニーに託したように、ウッディは仲間たちとボニーの未来をバズに託した。バズが居たから、ウッディは安心して旅立ちを決められたに違いない。
私はそう思ったから、『トイ・ストーリー4』に対してそこまで拒否反応を覚えなかった。ウッディの役職定年の先にあるものが、暗闇ではなく”彼自身が選んだ未来”でよかったと思えた。
ただ、ずっと心にヒリヒリしたものが残って、今も『トイ・ストーリー4』のことを思い出すたびにその痛みが蘇る。好きか嫌いかと言われれば好きな映画だが、苦しいか苦しくないかと言えば、確実に苦しい。
『トイ・ストーリー4』だから抵抗感がある?
この映画はもしかしたら、『トイ・ストーリー』の名を冠してしまったから、どこか違和感が残ってしまう結果に終わったのかもしれない。
2022年7月1日公開『バズ・ライトイヤー』のように、いっそのこと『ウッディ』という名の映画として公開されていたら、また少し印象が変わっただろう。それが最善かはわからないけれど、ちょっとは抵抗感が和らいだかもしれない。
『トイ・ストーリー4』は、私の中で「ウッディが役職定年し、未来を託して退職し、新しい人生を見つけるお話」だった。
紆余曲折を経て彼が見つけた未来は、もう、私たちの目に触れることはないだろう。もちろん、見られるものなら見たいけれど、今時点ではわからない。
だけど、だからこそ。
彼の未来に幸多かれと、どうしても願ってしまうのだ。
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本記事内の写真は、2022年5月時点のトイ・ストーリー・ホテルで矢向が撮影したものです。(公式の画像を使うのはNGでしょうので、このような対応をしました。)本文同様、転載は禁止です。
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© 2022 Aki Yamukai
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