『晴明伝奇』第1話 仙界への誘い
▶時期:延長八年(930)
春の霞がかかっていた日に、満月丸(後の安倍晴明)は、住吉の浜辺で大きな亀を助けたことによって仙女の白雪と出逢う。満月丸は都の女とは比べものにならないほどの仙女の美しさに引き込まれ、白雪もまた、妖しい雰囲気を纏った少年に心を奪われる。
少しの間だけでも満月丸と一緒に過ごしたいと思った白雪は、亀を助けてくれた褒美を与えることを口実に竜宮に招待する。満月丸は白雪の仙術によって眠りにつき、目が覚めると竜宮の門の前にいた。
門の向こう側には、想像を絶するほどの魅惑的な世界が広がっていた。満月丸は白雪に手を引かれながら竜宮を案内された。互いに、家族や家人以外の異性の肌に触れるのは初めてのことであった。満月丸は竜宮の中で四季を体験し、玉のようにきらきらと光り輝く世界を目にする。白雪は満月丸に竜宮のほとんどの建物について教えたが、太一殿だけは入ることができなかった。この宮殿は婚儀に使う場所で、陰陽和合を行うからである。
東海竜王に謁見した満月丸は、褒美として鎮宅霊符を賜った。満月丸が助けた亀の正体は玄天上帝という鎮宅霊符の神であった。彼は人間界での修行で魂が疲弊したので、白雪が冥界で大切に預かっていた。霊力が回復したので、彼女が竜宮に運んできたのである。
満月丸は仙界で多くの仙人を目の当たりにする。神仙の世界に興味を持った満月丸は、白雪から陰陽師になることを勧められる。白雪から教えられた陰陽道の神秘的で幻想的な世界に、満月丸は心を躍らさずにはいられなかった。
黄昏時になって、白雪は竜王から満月丸を現世に帰すよう告げられる。次に逢えるのはいつになるかわからないと悲しむ白雪に対して満月丸は、どれほどの時間がかかっても、必ず陰陽師になって再会することを約束した。
現世に戻ってきた満月丸は、父である安倍益材と一緒に帰宅した。満月丸はそれとなく益材に陰陽道の話題を振った。すると、先祖代々に伝わる陰陽道の書である金烏玉兎集を渡された。この書は唐で阿倍仲麻呂の霊に恩を感じた吉備真備によってもたらされたが、陰陽道の家系ではないため、誰も書物の内容を理解できなかった。満月丸は陰陽道を理解したいと思っていたが、大膳大夫である父の後を継がないことに引け目を感じていた。
やがて益材は疫病に罹り、病に臥した。満月丸は益材から思うままに生きるよう願いを託されて、父を看取った。こうして、満月丸は天涯孤独の身となってしまった。