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村の少年探偵・隆 その3 ピッカピカ


 §1 地名考

 千足は、すり鉢状の隠れ里のような村である。
 今でこそ、消滅寸前だが、1920年(大正9)にI街道が抜けるまでは、四国の大河・Y川と秘境・I地方を繋ぐ交通の要衝であった。
 古来、人々は峰に沿って抜かれた往還を行き来した。千足村の峠には旅の安全を願って祀られた道祖神が、わずかに往時をしのばせている。

 千足村は中世に、ある産業で栄えた。今でいう、地場産業である。
 千足村では良質な矢が製造されていた。矢に適したシノメ竹が繁茂し、製品に加工する職人も多数いた。なかでも千足村で作られた蟇目がまめは魔除けの矢として珍重された。矢先に、蟇蛙の目のような穴が数個空けられ、射ると独特の音を発する。鏑矢かぶらやの仲間で、もとより殺傷の道具ではない。

 この蟇目の矢20本で1そくと数えた。量産地なので千束とされたが、常に四国の東方をうかがっていた長曾我部の目をくらますために千足としたのではないか――隆は祖父からそう聞かされて育った。
 祖父もまた、その祖父から聞いた話だった。

「奥の谷のそばに、材料の竹が生えとったんや」
 と祖父が教えてくれた。
 ここまで分かっているのだから、言い伝えに大して誤りはないと思われた。

 §2 持ち腐れ

 隆が小学校の高学年の頃、県内の大学の教授がやってきたことがあった。
 中世の歴史の研究者だった。

「藩の史料に、千足村の小杉家から蟇目の矢を献納していた、という記録があるのですよ。何かゆかりのものがこちらにないかと思いまして」
「そりゃあ、権蔵爺さんのとこへ行くのがええやろ。うちは分家やからなあ」
 父親は爺さんの家を教えた。

 教授は引き返してきた。
「貧乏して、昔のものは残っとらん。バカにするにもほどがある」
 権蔵爺さんは怒ったらしい。
 爺さんは身持ちの悪さから落ちぶれた、というのがもっぱらの噂だった。昔、庄屋だったことに触れられるのを、何よりも嫌がった。
「ですから、一応こちらに残っているものを見せていただけませんか」
 教授のたっての頼みだった。

 教授は仏壇の位牌いはいを見て、資料と突き合わせていた。
「確かに、一致する名前がありました。後、納屋なやを見せていただけませんか。何かあるかも」
 父親と母親が教授を納屋に案内した。

「あ、あの箱!」
 教授は4尺ほどの箱に走り寄った。細かく点検している。
「これで運んだのですよ。これは大変な発見ですよ。新車が買えるくらいの値打ちがありますよ。早く中のジャガイモなんか出してください」
 母親は訳が分からないまま、ジャガイモをミカン箱に移していた。

 §3 二束三文

 この話を聞き、権蔵爺さんは地団駄じだんだを踏んだ。
「古い箱やったら、ウチにもぎょうさんあるわ」
 隆が通りかかるのを待っていて、爺さんは家に上げた。

「ジャガイモ入れは、どんな箱やったん?」
 隆は納屋に連れて行かれた。かますが積み上げられ、わずかに壊れかけたミカン箱があるくらいだった。

 台所に戻ると、暗い中に細長い木箱が見えた。
 ネズミが隅をかじり、穴を空けていた。尿の匂いがして、箱はシミだらけだった。
「あんな感じの箱やったけどなあ」

 権蔵爺さんは喜んだ。
 もう隆は用済みだった。
 隆がめずらしそうに、古銭の入った木箱を見ていると
「それ、やるけん、持って帰りな」
 初めて見る、権蔵爺さんの優しさだった。

 爺さんは婆さんに命じ、木箱の米や麦を出させた。
 それにしてもきたなかった。
「これでは教授先生に見せられんなあ」
 夫婦の意見は一致した。婆さんは半日かけて箱を、たわしでゴシゴシと水洗いした。

 銭も劣らず汚かった。
 すり減って字が読めないものが多かった。カビが生え、触るのもはばかられた。

 隆と洋一と修司、3人で山分けしたものの、この宝物の処分に困った。
「おはじきくらいやなあ。洋ちゃん・修ちゃん」
 隆は比較的きれいなのを親指ではじいた。
「ええ考えやなあ」
 洋一と修司も丸い古銭を順に弾いた。従弟いとこ同士でおはじきに熱中している。

「お前ら、何やっとんや」
 修司の父親・勲叔父さんに見られてしまった。
 隆はいきさつを話した。

「爺さん。めずらしいことがあるもんやなあ。まあ、箱が売れて大金が入ると思うたら、そんなガラクタは要らんわなあ」
 叔父さんは大笑いした。
「今度、町に行ったら、それ鑑定してもろうてやるよ。クルマは買えんでも、自転車くらいは買えるかも知れんで」

 §4 台無し

 隆の家に教授が再調査にきた。
 権蔵爺さんは通りかかった教授を見て、すかさず声をかけた。
「先生様! うちにもありましたで」
 教授は帰りに、権蔵爺さん家に寄った。

 権蔵爺さんは木箱を並べた。教授に手を合わせたいくらいだった。
「じゃあ。ものを見せてください」
 教授の目は木箱を素通りしていた。

「まあ、たとえネズミの小便でシミが付いていても、素人しろうとの方が、タワシなんかでごしごし洗ったらダメですよ」
 貴重な文化財が台無しだった。

「それより、古銭はないですか。私は個人的に藩札はんさつが好きで、コレクションにしてるのですよ。徳島藩の藩札なら、高値で買いますよ」
 権蔵爺さんは、隆にやった古銭の中に藩札があった、ような気もした。権蔵夫婦は力なく座り込んだ。

 勲叔父さんが軽快なバイク音を響かせて、洋一の家に姿を見せた。
「お前ら、大金持ちや」
 隆と洋一、修司は万歳をした。
「だけど、子供が大金を持ったらいかん。親に貯金しておいてもらいな」

 子供たちの万歳の声は、権蔵爺さんにも聞こえた。忌々いまいましかった。しかし、ここは下手したてに出るしかなかった。

 権蔵爺さんが隆を小声で呼び止めた。
「この間の古いゼニ、あれどうした? もういっぺんだけみせてくれんかなあ」
 やはり惜しくなったのだ。村は、権蔵爺さんが金儲けに失敗した話で、持ちきりだった。

「汚かったので酢にけて洗うたら、ピッカピカになってな。万歳して喜んだけんど、勲叔父さんが調べてくれたら、値打ちはゼロになってしもうとった」
 権蔵爺さんの目に残っていた、かすかな輝きが消えた。

「それくらいのウソなら許されるんと違うかなあ」
 洋一、修司は気にしていなかったが、隆はちょっぴり心が痛んだ。

 隆の家のお宝は再び、野菜入れに戻っていた。父も母も、無欲だった。

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