一言もの申す
◆ある猫の失踪
我が家は2015年、埼玉県I市からUターンした。妻と次女、それにミニチュアダックスフンドのシモンが一緒だった。
私は埼玉の治療院で仕事を続けているというのに、妻たちは二泊三日かけて四国に戻った。シモンは長旅に疲れ果てたことだろう。
シモンは2009年、山梨県生まれのメスだ。
先に飼っていたメスの三毛猫、ミケ太が失踪した。事故にでも遭ったのではと、妻が保健所にも問い合わせた。事故の届けはなかったが、行方はようとして知れなかった。
家の中に閉じ込めておいても、ドアノブに飛びつき、器用にドアを開けてしまう。ご馳走にありつけたのか、よく舌なめずりしながら、優雅に体をくねらせて帰宅していた。いつの間にか美食家になり、どこかの裕福な家にいそうろうしているんだ、と思うことにした。
◆苦心のネーミング
ミケ太蒸発の心の傷も癒えぬ間に、家族は山梨へ仔犬を迎えに行った。
ミケ太は名前にコンプレックスがあるのでは、と私は常々、考えていた。変な名前を付けては家出しかねないので、今度は慎重を期した。一家の熟慮のかいあって、いろいろな候補が浮上はした。しかし、どれも及第点には届かなかった。
仔犬は賢そうな顔をしていた。とっさに浮かんだのが、シモーヌだった。見ればみるほど、フランスの思想家、サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre 1905-80)の愛人、哲学者のシモーヌ・ド・ボーヴォワール(Simone de Beauvoir 1908-86)を彷彿とさせた。
「シモーヌでは少し呼びにくいかな」
迷っていたところ、長男の「シモンでいこう」の一言で決定した。
ただ、仔犬はメスである。シモンは、いわゆる「男性名」だ。ミケ太の前例もあるので、100%安心はしていなかった。
◆名前負け
猫と違い、犬は多くの場合、リードで繋がれている。シモンも、家人に大事に育てられた。
少し無駄吠えが気になったので、しつけのビデオを買って勉強した。基本に忠実に教えたが、それほどの学習成果は上がらなかった。名前が重荷になっていた可能性もある。
徳島に移住しても、箱入り娘は家族の愛を一身に受け、自由気ままに暮らしていた。そんな毎日に終止符が打たれようとしていた。エヴァンの転入届が出されたのだ。
「飼い犬がいるのだろ」
私が盲導犬ユーザーになると聞き、何人かの知り合いが、心配してくれた。私はそれほど気にしていなかったが、初日からエヴァンに吠えたてた。あるいは、新入りにいろいろアドバイスしていたのかも知れない。いずれにしても、エヴァンは聞き流していた。
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