坂村健『DXとは何か 意識改革からニューノーマルへ』角川新書
DX(デジタルトランスフォーメーション)がブームとなっている。デジタル庁の発足もあり、政府が推奨することもあって、これを掲げる企業や自治体が多いように思う。しかし、日本は、世界的には出遅れているうえ、その本質を理解できてない人が多いという。本書は、この現状への危機感から著されたものと思われる。
DXは、「情報化」や「デジタル化」とは異なり、ユーザー側の考え方レベルから変える意識改革運動の側面が大きいという。具体的な製品やシステムの知識ではなく、その背景にある技術動向が重要となる。
DXという言葉を最初に使ったエリック・ストルターマン教授は、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ことという意味として使用した。DXは社会全体における「やり方の根本改革」である。
単純労働のキーボードやマウスの操作を自動化するソフトウェアであるRPAでは、やり方を変えないのでDXにはならない。そもそもデータを直接受け取るようやり方を変えた方がよい。
米国では社内に情報通信技術開発ができる企業が50%くらいあるが、日本では10%にも満たない。行政分野で比べると、政府全体のうちのIT部門の職員が、シンガポールで7%、ニューヨーク市で1.2%、パリ市で1%であるが、東京都は0.3%である。IT関係の人員が少ない。
コンピュータの導入であれば、現在の業務を前提にしているので、業者に現在のやり方を見せて提案してもらえばよいが、DX化では、自社のビジネスをよく知り、デジタル技術を知り、さらに社内の旗振り役になるということが求められる。自ら変える勇気がないといけない。
マスコミも技術の話をすると、生活がどう便利になるか具体的に言ってくれなどと頼まれるが、新技術を導入して活かすため、社会や制度をこう変えないといけないという話は好まれないと著者は言う。
エストニアは、DXにより行政コスト削減をした。窓口にいる人も、手書きの書類を入力する人も、書類を郵便で出す人も全部いらなくなった。イノベーションというマインドを皆が持たないと、楽なRPAの方にいってしまう。
イノベーションを政府が起こそうと従来型の大型プロジェクト化するような産業政策は、税金の利用方法としては成功率が低すぎて期待値があまりに低い。政府としてできるのは、イノベーションが起きやすい環境の整備に注力することである。なお、政府がすでにあるデータを公開するだけで、連鎖反応的に新サービスが生れる。
税金を使って集められ・生成された公共機関のデータは国民の財産である。G8のオープンデータ憲章により、日本の政府レベルのオープンデータ化は行われたが、地方レベルではオープンデータの意義の理解が浸透していないことと、技術的に対応できる人材の問題から、特に市町村レベルで進んでいない。組織の閉鎖性もある。
民間企業では、データは資源という意識高まってしまい、データの囲い込みが始まってしまった。世界的にはデータのオープン化に向かっているのに、日本でデータの囲い込みをするのは逆行である。
「データ・クレンジング」という個人を特定する項目の消去匿名化を行い、非営利の中立的な組織の監督下で、設備やルールを制定し、皆が安心して取引できるよう環境整備するすることが望ましい。
「プライバシー」と「パブリック」のバランスの哲学が重要になるという。オープンデータを使った新しい社会を実現するためには、個人データをどう扱うかということについての制度の明確化が必要となる。「事業者の義務」として「プライバシー」を定義しなおすことが必要である。
東日本大震災でホンダがカーナビデータをグーグルの協力を得てマップに反映させ、援助や復旧活動に有用であった。しかし、非常時だから問題にならなかっただけである。個人情報を受け取った側が、個人の法益に反しないよう扱うという「事業者の義務」として再定義していれば、利用した意図の「正当性」の問題となり、認められることとなる。
マイナンバーは行政が国民を管理する番号ではなく、国民が行政システムを利用するためのIDとする。通常でないアクセスがあれば、その個人に自動通知する。行政のデジタル化で個人情報の多目的利用を禁止してしまうと、デジタル化のメリットがなくなる。むしろデジタルの力を積極的に使うことで逆に行政システムを透明化し、不当利用への抑止力とする考え方への転換が必要である。
「やめる勇気」が必要ともいう。紙をやめ、印鑑をやめることにより、仕事のやり方を変える。印紙、FAX、さらに数々の対面規制までやめる。それにより、担当者の再配置や、高齢者のための電子化補助員の導入が進み、電子化に向けた社会人再教育のビジネスチャンスも生れる。
著者も言うように、世界的なパンデミックによるニューノーマルが、DX化の追い風になっている。そのためリモートワークなど、以前から導入の必要性が叫ばれていたものが、多少なりとも導入されるようにはなった。しかし、政府への信頼性のなさもあって、マイナンバーカードの普及はゆっくりである。
また、30年間、日本人の賃金が上昇しないことについての危機感も乏しく、現状に満足し、ゆでがえる状態になっている。「生産性の向上」がスローガンのように叫ばれているだけのようにも感じる。
デジタル庁の発足により、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化(本当はDX化)」を実現することが、日本が再び成長するきっかけとなってほしいと思う。
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