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通信高校生の親としての感想 入学~
不登校系の活動を続けてきて、
進学の「選択肢としての」通信制高校しか、現時点では難しいところの社会についてはもろもろ文句はあるのだけれど、通信制高校というシステム自体は良い。
不登校だろうが、「もっと深く勉強したい」という層は結構多いのであり、そこに対しては、内容が簡単すぎたり、っていう不満はちょっとあったりもするけれど、でもそもそも、もっと勉強したかったら高校生の年齢だったら、自分でyoutubeやら参考書やら、情報にリーチできる年齢でもあるよね、っていうことを考えれば、
まず第一に「高校を卒業する」という目的に対しては、簡単であろうが、全体的な教科のベーシックを網羅して、テストを受けて、単位をとる、っていうルーティンを繰り返す、という日常は、十分なものなのではないかなと感じています。
課題やテストに追われることで、全日制は、スケジュールが強制的に決まってくるけれど、ある程度猶予のある通信制は、体調やバイトや、モチベーションによって臨機応変に計画できる。
それが、惰性でうまく続け切れない原因にもなる諸刃の刃の点でもあるけれども、仕事したり、生活したり、って社会に出ていったら、毎日機械のような変化のない毎日が送れるわけではない。
体調も、状態も、情勢も、変化がつきもの。
そのなかで、自分も無理しすぎず、なにが一番優先かとか、今日できないからもうダメ、じゃなく代替案はどうしたらいいか、そういうふうな試行錯誤を、いちおう未成年で学生という枠に守られながらできるってのはいいんじゃないかと思ってる。
ちなみに高校の不登校、ってあまりよくわからないと個人的には思ってる。
ダメ、っていう意味じゃなくて、高校生はもう就業年齢であり、学校イヤ、学校苦しい、だったらムリして籍を置かずとも働けばいいのでは?と思うから。
いちおう、不登校的活動やっているので、これは「学校行かないなら働け」的な甘えるなの意味ではなく、義務教育という法から逃れられない小・中学校と違って、
働く、という道を選んでもいいという権利がある(=選択肢がある)
という意味においてのことだ。
学校が苦しすぎる、合わなすぎる、もしくはやりたいことがある、って時には、「行かない人」として3年間ストレスを抱え続けるのではなく、違う365日にしてもいい年代なのだ、と思うから。
通信制高校に在籍しながら他のことしたっていいし、コンビニバイトで高卒認定目指したり。お金だけためて、やりたいことに備えるのもいい。
自分は大学は通信制で、都心でOLとか働きながらだったけど、マルチで活動している感じで(笑)引き出しを増やせた気がします。
同じ属性のコミュニティばかりにいるより、いろんなタイプの場所に属する。そっちのほうが成長すると思うんだよな。
あとは、もうすこしレベルを選択できる通信制があるといいね。サポート校をハイレベルにすることはできるだろうけど、そうじゃなくて通信制高校というシステム自体のなかで、卒業優先、深く学ぶ優先、とか種類ができてくると通信制高校の外からみた価値も変わってくるよね、っていう。
そんな毎日行かなくてもいいスクーリング、最初のあたり毎日顔出して「また来たの?」みたいなこと言われたらしいです(笑)
おかげで前期のスクーリング単位は結構満たしているみたいだけど(詳しく知らない。書類手続き以外は本人任せ。)。
不登校当初、
はーいニート決定ー
とか
引きこもりまっしぐらー
みたいなコメント頂いたりしてましたが、
学校行ったから成功、行かないからニート。
ってわけではなく、それぞれの人のリズムや状況や、考えで、なるもんはなるし、なったから人生ダメってもんでもないはず。
ひとつ不登校活動的視点でいうなら、
自分で学びやスケジュールをできる(したい)タイプの子は、総じて
「論理的でない管理のはびこる義務教育では引きこもらざるを得ない」
から、そこから放たれると、もとから備えてた自学自習の能力がぐんと花開くようです。