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【さあ、リターンマッチの始まりだ!】
先代からの赤字を引き継ぎ、銀行に「社長になったら融資してやる」と言う言葉を信じて社長になったものの、ハシゴを外されて万事休す。
月末の資金ショートを親子三代の付き合いのある地元の取引先の融通でなんとか乗り切った若社長。
金を貸してくれなかった銀行の支店長を『ぶっ殺すリスト』に入れて、
「絶対に見返してやる!」と誓った私のリベンジが始まった。
先ずは先代社長お得意の「安売り」からの脱却である!
タマゴ 1パック 10円
砂糖 1Kg入り 10円
醤油1リットル 1本 10円
お客さんは喜んでごった返すが、月末にはそれよりずっと高い原価で請求書が届く。安い商品で釣っても、お客さんは余計なものは買ってくれない。
特売商品のみをウチで買って、利幅のある生鮮品などは競合店で購入する。それじゃただの慈善事業、バーゲンハンターの思うつぼ…。
私は激安だった目玉商品の価格を近くの競合店より一円だけ下げて、チラシの日替わり商品とした。それもお一人様一点限りの条件をつけた。
前からのバーゲンハンターからは「最近この店は高くなった。社長が変わってから特に!」とお褒めの言葉を頂くようになる。
これでいいんだ、大型ショッピングセンターの出店に安売りで対抗し、その結果倒産寸前にまで追い込まれ、銀行に社長まで替えられたことを思えば、利益をもたらすどころか会社の骨をしゃぶる(失礼)顧客の言うことは無視しようと心に決めた。
社内からも「社長を戻せ!」の声が上がる。
「新社長は人使いが荒い、お客さんから高いと文句を言われるのはもうたくさんだ!」
何を言うか💢会社をダメにしたのは自分たちの責任でもある。特に幅を利かせていた先代社長(叔父)の親族からのクレームが酷かった。
私は親族とその関係者を全て解雇した。
どうせ悪口を言われるんだから、なんでもやってやる!全ては会社を存続させるためだ。
その頃から社内の雰囲気が一転する。
先代社長にフタをされ、やりたいこともできず、言いたいことも言えなかった従業員から、退路を絶った私に様々な改善案やこれまでの不正が暴かれた。私は社内にははびこる長年の問題を最優先で見直していった。
私は辞めさせた親族の分をカバーするために、赤字が嵩んでいた「スーパーやまと本店」を閉鎖した。これは創業者の末代として一番やりたくないことでもある。しかしこれを乗り越えれば、聖域なく改革ができることも事実なのだ。
それからの私は、取り憑かれたように
・徹底した無駄な経費削減
・異常な安売りの中止
・取引先の全面的な見直し
・労働環境の整備
を平行してやった。そうでなくても人が居ないので、全て私一人で取り組んだ。
顧問税理士や社労士も同世代に替え、いつでも相談できるようにした。
従業員全員ともグループラインで繋がり、指示や店舗からの報告を共有、
夜間警備会社のアラームが届くのは、店長ではなく私の携帯を登録して、従業員に夜間電話がいかないようにした。
そして売上げや経費をすべてオープンにして、私の給料が20万円で従業員より低いことも示した。
みんなで良い会社にしていこう(^^)/
ここからがリターンマッチの始まりだ!
私が必死に進めた「改革」とやらは、社長就任時にあった1.5億円の赤字をわずか2年で黒字転換した後、「中小企業診断士試験」の事例問題に出題される。
人から見たら立派かも知れないが、当事者にしてみれば死にもの狂いだった…。
次回以降、私が『ぶっ殺すリスト』を貫徹するために行った、
いわゆる『改革』をご紹介していきたい。
これ、試験に出ますよ!(笑)
※最後までお読みいただきありがとうございます。
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【私はこんな人間です】