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【連載】かなめ珈琲④うつの旅、いよいよ始まる

南砺市・井波にひっそりと暮らす、1人のうつ病患者がいる。私の夫、かなめくんだ。

彼はシングルマザーだった私と結婚し、家事と育児をしながら「かなめ珈琲」という屋号で小さな珈琲屋をやっている。

彼が何故うつになり、何故珈琲屋をやっているのか、妻である私の目線から書いていこうと思う。


第一話

第二話

第三話


■うつの旅、いよいよ始まる



かなめくんはマッサージが上手い。

肩を揉んでもらえばコリがどこからきているのかを的確に探り当て、あれよあれよという間に身体がほぐれていく。


こんなにマッサージが上手いのに、他人の身体に触れるのは苦手で、リハビリ業務はわりと苦痛だったらしい。


繊細すぎて、潔癖症。

マッサージをたのんでも、「パワーを吸い取られるから今日はダメ」と、断わられることがある。



この人はマジで、なんで理学療法士になったのだろうか。

自分の事がわからないにもほどがあるが、どんな仕事もやってみないとわからない。

どんな職場も、働いてみないとわからないから、仕方がない。




大学卒業後、富山市のそこそこな規模の病院で働きはじめたかなめくん。

新卒1年目は誰でもキツいが、理不尽な上下関係に対するモヤモヤを感じつつ、相変わらず自分を追い込みながら働いていた。


野球部も大学も、終わりがあるから頑張れた。

終わりのない社会人。

理不尽に翻弄されながら、自分がボロボロになる方向にわざと舵を取り、ゴールの見えない日々を過ごした。



勤務態度は至って真面目。

患者さん一人一人のニーズに寄り添い、他の誰もやっていないようなケアをしていた。



リハに前向きになれない、おじいちゃんの患者さんがいたそうだ。

誰がどう声をかけても、無気力無関心。
ムスッと自分の世界にこもりきって、リハビリのスケジュールが進まない。


かなめくんは、ある日そのおじいちゃんの家族から、「じいちゃんは畑が好きやったんやちゃ!」と聞いた。

入院しながら、なにかを育てる事はできないかとそこかしこを探し回り、となりのデイサービスにトマトの苗があるのを見つけた。

お昼の水やりをさせてもらえないかとデイの職員さんに頼み、そのおじいちゃんを連れて水やりをはじめた。

日々に張り合いができたおじいちゃんは、リハにも前向きに励むようになっていったらしい。



人が望んでいることは、わかりすぎるほどわかってしまう。

繊細さが生かせる職業として、ケア関係の仕事は必ず挙げられるけれど、繊細が故に人と接するだけであらゆる“邪気”を吸い取ってしまう。


たいていの場合、職場というものは邪気で溢れている。

仕事が嫌なのではない、人間関係が嫌なのだ。


それはかなめくんに限らず、たいていの人が抱えるジレンマだ。


HSP(繊細すぎる人)の当事者で集まる会が開かれているらしいが、本物のHSPはそんな会に出席すること自体めちゃくちゃシンドいのでは…?

繊細さを持った人が社会でやっていくには、いかに自分の中に邪気を貯めないか、その方法を学ぶことが必要だ。

それは当事者会などでは学べない。

自分に合った生き方を、自分で見つけていくしかないからだ。



 

かなめくんは職場に溢れる理不尽から邪気を吸い取り、患者さんのケアにエネルギーを吸い取られ、自分の中に邪気のみが溜まっていく負のループにおちいっていった。

憂さを晴らすためにお給料は全額使い切り、古着やスニーカー集めに夢中になっていった。

浪費は楽しい。アドレナリンが出るから。

一瞬の快楽を感じても、身体に溜まりきった邪気が減るわけではない。


買い物はドーピングのようなものだった。それ以外に、どうやって自我を保てばいいのか知らなかった。



そして、我慢は美徳だと思いこんでいた彼は、逃げたり休んだり、ストレスの発散方法を知らなかった。



こんな生活を、老人になるまでやらないといけない…


どうか誰か助けてほしい
ここから連れ出してほしい
自分なんてぶっ壊れたら良い
ぶっ壊れたら、なにもかも辞めることができる



社会人1年目の冬。

朝起きたら身体が動かなかった。


病院へ行くとこう言われた。


「うつの初期症状ですね。

あなたはラッキーです。

早い段階で気付く事が出来たから、仕事を休んだら、きっと良くなりますよ。」



ところがどっこい、発病して約10年経過。

もはやうつはズッ友☆状態で、かなめくんの心に間借りしている。
かなり迷惑な居候だが、乗っ取られる頻度は確実に減ってきている。


かなめくんのうつは仕事を休んで良くなるような、簡単なモンじゃなかったのだ。

根は深く、様々な方向に分かれ、あらゆるトラウマが晴らされる事なく心の奥に潜んでいた。


長い長い、心の中を探る旅。


うつの根がどこから始まっているのかを探り続ける、終わりの見えない日々が始まった。



つづく






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