ファイトクラブ
桜の見頃も終わりを迎えた4月3日、小雨と花びらが舞う原宿駅を出ると、人だかりができていた。
K-1の第1回グランプリは、29年前にここ代々木体育館で産声を上げた。栄枯盛衰、あのときの熱狂はなく、観客のほとんどがジムの関係者かスポンサー関連の招待客。ちびっ子が異様に多い。
会場にK-1のファンはいるのだろうか?看板を背負って那須川天心と戦う武尊への声援は少なく、ほとんどが特定の選手の応援者。かく言う自分も石井慧にしか興味がない。
興行は第1試合から観るようにしているが、やはり収穫があった。リザーブマッチ(本選の選手が負傷した場合の代打を決める試合)に石井と戦った愛鷹亮とRUIが出ていた。
石井といい勝負をしたので勝つと思っていたが、なんと両選手ともあっさりKO負け。選手へのリスペクトを欠いた発言を承知だが、石井の対戦相手は噛ませ犬だったのだろう。ロード・トゥ・京太郎を掲げているが、想像以上にK-1無差別級の舞台は厳しい。
逆にK-1のマッチメークの妙が浮き彫りになった。はじめから石井を反対ブロックの選手と戦わせていたら潰れていたかもしれない。まず、愛鷹やRUIで水に慣らさせたのは正解だろう。
DREAMやRIZINは石井慧を活かせなかった。石井が期待に応えられなかったとも言えるが、K-1は扱いが上手い。その点でも、もっと長くK-1に上がったほうがいい。
石井慧は3戦目にして1日3試合のワンデートーナメントに挑んだ。相手は実方 宏介(じつがた こうすけ)。昨年からK-1に参戦し、京太郎にKO負けしており、出場選手の中で最もアンダードッグのひとり。
入場時に気になったのは無精髭を生やしていたこと。去年の大阪ではキレイに剃っていた。
ボクシングは顔面を殴られる。顔は人格。ボクシングは相手の人格を破壊する競技だ。髭は腫れや傷を隠す弱気に映る。「どこからでも殴ってみなさい」と、もっと余裕を見せてほしい。過去の偉大なチャンピオンで髭を生やしているのは稀。
さらに悪い予感があった。試合前に実方に声をかけたのだ。柔道のような武道やスポーツなら美しい光景かもしれないが、これから相手の未来を奪い合う戦いにふさわしくない。実方と仲が良いのかもしれないが、それなら余計に見たくなかった。
村田諒太とゴロフキンの試合でも気になったが、スポーツマンシップが美徳と思われる傾向が強くなっている。嫌われる勇気が失われている。SNSでいいねや共感を求める流れと同じ。
プロ格闘技にスポーツマンシップは必要ない。だったらKOなしでポイント制の競技にすればいい。なんのために顔面を殴り合うのか。
石井慧は対極にいるはずだが、まだアマチュア精神が生きているのだろうか。獰猛な野獣の巣窟であるUFCに挑むなら、余計に甘い気持ちは捨てるべきだ。
そのためにもK-1を続けたほうがいい。
その悪い予感が形になったのか、石井の動きは鈍く、蹴りをガードできずダメージが蓄積する。全体的にはプレッシャーで追い込みリードしてはいるが、グランプリを勝ち抜くのは厳しい。
第2ラウンド、2度のダウンを奪い、左ストレートでKOしたものの、カウンターの膝をもらい負傷。肋骨骨折で、準決勝は無念のリタイアとなった。
1日3試合の貴重な経験を逃した痛さと、K-1で3連勝を飾った安堵感が交差する。石井慧の茨の道は続くが、最終目標としているUFCは、山の頂上どころか遥か雲の上。
試合後の取材で、石井はロード・トゥ・京太郎を貫くことを発表した。同時に総合格闘技との二足の草鞋を履くらしい。石井らしいと言えば石井らしいが、もっとK-1のリングに上がって欲しい気持ちが強い。
MMAよりKOの緊張感があり、寝業の逃げ場がないから試合がハラハラする。ストライカーのほうが得るものは大きい。
サッタリ相手に健闘した準優勝の谷川聖哉に挑んでも面白い。蹴りへの防御の甘さが露呈されたから技術の向上に最適な相手だろう。京太郎はその次でもいい。
できれば来年までキックボクシングを続け、GP覇者のサッタリとも戦ってほしい。
外国人の身体のバネは日本人とは桁が違う。神に選ばれし戦闘民族。
UFCを目指すなら、このレベルはクリアしないといけない。乗り越えるべきハードルとしては京太郎よりふさわしい。
世界60億人が無理と言おうが最高峰のUFCに挑む。こうでなくては石井慧は面白くない。世間の声など関係ない。傾けるのは自分の本能の声のみ。桜は散るが、夏以降の楽しみを残した大会となった。