エヴェレストのうなぎ
不思議なもので、ラーメンとウナギは誰かと楽しく食べるより、独り黙々と味わいたい。
6月9日は栗城史多さんの39歳の誕生日。サンキュー、感謝の歳。人生で「ありがとう」を一番使った栗城さん。生きていれば、体力も気力も登山家として全盛期だったろう。
栗城さんはベースキャンプからアタックする日の朝は、日本から持ってきた鰻の缶詰をご飯に乗せて食べた。「うなぎのぼり」の言葉通り、単独行のクライマーには縁起がいい。ゲンを担ぐ栗城さんらしい勝負飯だ。
晩ご飯は人恋しがり、COMPLEXの『BE MY BABY』や、TM NETWORKなど80年代後半のバブル期の音楽をかけて笑っていたが、アタック当日は人を遠ざけた。凍傷で9本の指を失った手で箸を持ち、独り自作の鰻重を頬張る姿が懐かしい。
アパートの眼の前に鰻屋があると知ったのは先週の日曜。地元の住民しか来ない北新宿の路地裏にあり、3年も住んでながら存在に気づかなかった。栗城さんが教えてくれたのかもしれない。
老夫婦ふたりで営業され、アパートの一室がお店。お住まいと兼用で、食べログに載っているがホームページはない。
48年前、税務署通りにオープン。23年前に今の場所に引っ越し。開店当初の常連さんが50年近く経った今でも来るそうだ。
鹿児島産の鰻を江戸時代から続く千葉の銚子の問屋さんが運んでくれる。
うな重2,600円は、ご飯も鰻も歯応えバツグン。鰻を一番美味しく味わえる硬さかもしれない。タレも濃すぎず、薄すぎず。
刺身のように生身が剥き出しではなく、ウナギは黄金の服をまとっているように見える。王様の料理、強くなれると錯覚する。
肝吸も主役級。これを超える味にいまだ出逢ったことがない。GPSがあっても迷いそうな隠れ家。来年の6月9日も来よう。ここは地上のベースキャンプなのだ。