読書録:絡まり合う生命
奥野克巳『絡まり合う生命』(亜紀書房)
文化人類学という学問分野がある。人類学の一分野で、生活文化の側面から人類を研究する学問だ。分野的には民俗学と近いが、民俗学が主に自国民の文化を研究するのに対し、文化人類学は他地域の民族の文化を研究するという違いがある。
本書は、気鋭の文化人類学者・奥野克巳の著作である。奥野は今立て続けに本を上梓しており、脂が乗った時期に差し掛かっているようである。著者はマルチスピーシーズ人類学を提唱し、人類と自然の関係を文化誌として捉えているのが特徴である。2006年から著者はボルネオ島の狩猟民プナンを研究していて、本書所収の論考にもプナンを取り上げたものが多い。狩猟民は農耕民より自然との関係が濃厚で、自然(特に動物)についての豊かな民俗文化を持っている。本書所収のプナンに関する論考を読むと、その豊潤な世界に触れることができる。日本では近代化の波が隅々まで行き渡り、伝統的な狩猟採集生活を送る人々はいなくなってしまったので、こうした狩猟民についての記事は新鮮である。我々は自然と切り離されて(自ら切り離して?)生きているため、自然と人間を対立的に捉えがちだが、人間も生物であり、本来は自然の一部である。農耕・牧畜の開始以降、人々は自然のサイクルから逸脱する生活を送っており、それは近代化の波に乗るにつれて著しくなっている。時計の誕生で人々は時間に縛られるようになったとよく言うが、これまでの日の出と日没を基準にしていた生活が崩れ、暗いうちに起きて夜遅くなって帰ってくるような生活(長距離通勤の場合)が普通になってしまった。このように自然のサイクルから逸脱した生活を送っていれば、「気が狂って」しまうのも仕方ないかもしれない。どこかで自然のままの生活をして今までの負荷をリセットする必要があるのかもしれない。
本書には14の論考が収録されているが、いずれも短めで、一般読者を意識したものか読みやすい。おもしろかったのは写真家・岩合光昭と猫の関係を文化人類学的に考察した章で、「なぜ岩合光昭はあれほど自然のままの猫を撮影することができるのか」に対する一つの仮説が提示されている。『世界ネコ歩き』ファンの方々にぜひ読んでもらいたい。
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