
親魏倭王、本を語る その28
【ポンペイ夜話】
『死霊の恋・ポンペイ夜話』はテオフィル・ゴーティエの代表的な怪奇幻想小説5篇を収録した作品集である。「死霊の恋」は吸血鬼ものの古典として広く知られているが、「ポンペイ夜話」もなかなかおもしろくて好きな作品。ポンペイの廃墟で見つかった「女性の胸の押し型」を見て心惹かれる男の前に夢か幻想か、古代ローマの麗人が現れ逢瀬を楽しむ。ファンタジーの傑作である。
同時期にプロスペル・メリメが「ヴィーナスの殺人」を書いているが、この時期のフランスに一種の骨董ブームがあったように思われ、他にどのような作品が書かれたかが気になる。
【オペラ座の怪人】
光文社古典新訳文庫から新訳が出る『オペラ座の怪人』は、おそらくガストン・ルルーの小説で最も有名なものと思われるが、知名度ではアンドリュー・ロイド・ウェバーのミュージカルの陰に隠れがちである。
映画・ミュージカルは観たことがないのだが、原作に準拠すると、ミステリー仕立ての怪奇スリラーといったところか(グラン・ギニョール的な要素もある)。
聞いたところによると、ルルーはジャーナリスト時代にオペラ座へよく出入りしており、そこで語られる怪談話などを収集していたという。そうした見分をもとに書かれたのが、『オペラ座の怪人』といわれている。
【塀についたドア】
H・G・ウェルズは数多くの短編を書いているが、岩波文庫などの作品集は非SF小説も一緒に収録されていて、純粋にSF小説だけを収録した作品集は創元SF文庫のウェルズSF傑作集(全2巻)だけではないかと思う。
ただ、個人的に「塀についたドア」がSF扱いを受けているのが酷く疑問で、この作品にSF要素ってあったかなあ、と常々思う(どちらかと言うとファンタジーっぽいので)。
もう一つ奇妙なのが、純粋にSFと言っていい「水晶の卵」が「卵型の水晶球」の訳題で創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』に入っていることで、これも常々不思議に思っている。
【モロー博士の島】
H・G・ウェルズといえば、最近(といっても10年ほど前)に知って驚いたのが、一般に流布している『モロー博士の島』が不完全だったということ。『タイム・マシン』と同じく100ページ超の中編と思われていたのだが、創元推理文庫版刊行にあたって綿密な校訂が行われた結果、なんと現行版の倍の分量になったらしい。東京創元社のホームページで書誌情報を確認したら、ウェルズ作品の邦訳書誌情報などの付録を加えた分量だが238ページある。
『モロー博士の島』は岩波文庫版の100ページ台のものしか読んでないので、この完全版を読みたいのだが、今は品切れらしいのよね。