読書録:アジアの歴史
松田壽男『アジアの歴史』(岩波現代文庫)
2025年最初の読了本。
一昨年来の自律神経異常で長く本が読めなくなっていて、一人暮らし先で半年ぐらい放置していたと思う。12月に持ち帰ってきて、ようやく読了した。
松田壽男先生の著作は、以前『古代の朱』(ちくま学芸文庫)を読んだことがある。先生は歴史地理学的な手法で朱=水銀の産地と水銀をめぐる文化史を研究しておられたが、これはどちらかと言うと余技的なもので、本命は東アジア世界の歴史の研究であることを最近になってようやく知った。本書はそうした松田先生の研究の成果を一般に還元する本である。
本書は元々NHK大学講座のテキストを底本としたもので、日本放送出版協会から1971年に刊行された。その後、岩波書店の同時代ライブラリーに収録された後、岩波現代文庫に再録されたものである。タイトル通り、アジア史を概説したものであるが、全体に歴史地理学的手法を用いて交易路に焦点を当て、東アジアから西アジアまでを包括したアジアの歴史を叙述する。全体としては地域交流史だが、中国・インド・中東については一章を設けて歴史を概観している。
通常、アジア史と言うと東アジア・東南アジアに焦点が当たり、インド・中東は抜け落ちてしまう。三木亘先生の『悪としての世界史』は中東の歴史に触れた貴重な一冊だが、本書でも地中海世界を含んだ西アジア史が詳細に述べられていて、同様に貴重である。世界史という概念で世界の歴史を叙述しようとした場合、東西の二大帝国(ローマ帝国と中華帝国)に注目が集まり、ローマ帝国滅亡後は神聖ローマ帝国を経由して西ヨーロッパ史へシフトするので、どうしても中東が空白地帯になってしまう。今、本が手元にないので確かめられないのだが、三木先生は『悪としての世界史』の中で、注投資の知識がないことが、日本人の中東情勢オンチにつながっているという趣旨のことを書かれていたように思う。
本書を読んでいるとわかるが、地中海を長く押さえていたのはアジア(イスラム帝国)だった。地中海の制海権はローマ帝国からイスラム帝国に引き継がれたのである。ヨーロッパは自身の文明の起源をギリシャ・ローマに求めるが、実はヨーロッパ(北欧・西欧)の歴史はギリシャ・ローマと直結しておらず、ギリシャ・ローマの歴史はどちらかと言うとイスラム帝国(特にオスマン帝国)に引き継がれたようなのである。アルプスをはさんで、ヨーロッパも2つの文化圏として捉え直す必要があるかもしれない。
親本の刊行が1971年と古い本だが、アジア史の概要を知るためには今も有益な本である。