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親魏倭王、本を語る その23

【ゴシック小説と推理小説】
ゴシック小説が推理小説に与えた影響は「秘密が暴かれる」というゴシック小説のストーリー展開(のひとつ)だけでなく、その舞台設定にもあると思う。それが舞台設定で、いかにも何か秘密がありそうという城館が舞台になるのもその一つだと思う。また、上流家庭内の軋轢から事件が発生する展開もゴシック小説的だと思う。
ゴシック小説的な要素を色濃く受け継いでいるのが、たぶんディクスン・カーだと思う。彼の『髑髏城』『魔女の隠れ家』『曲った蝶番』などはそうしたゴシック趣味が怪奇趣味として表れており、またいわくつきの城館が舞台になっているなど、ゴシック小説の影響が色濃いと思われる。
他にゴシック小説的だなと(個人的に)思う作品が、
『グリーン家殺人事件』S・S・ヴァン・ダイン
『黄色い部屋の謎』ガストン・ルルー
『Yの悲劇』エラリー・クイーン
『灰色の部屋』イーデン・フィルポッツ
『エンジェル家の殺人』ロジャー・スカーレット
である。

【アブナー伯父シリーズ】
19世紀末から20世紀初頭(おおよそ1910年代頃まで)、ちょうどシャーロック・ホームズ譚が書かれてた時期に並行して書かれていた推理小説のシリーズ及び主人公(探偵役)を「シャーロック・ホームズのライバルたち」と呼ぶが、その中にアメリカのメルヴィル・D・ポーストが創造したアブナー伯父というキャラクターがいる。
舞台はアメリカ西部開拓時代で、ファーストネームは不明。甥のマーティンが語り手となっているので「アブナー伯父」と呼ばれている。ウェストバージニアの牧場主で、大柄で喧嘩も強いが、信心深く民主主義の体現者として描かれる。
彼が活躍する推理小説は全部で22話(うち中編一話)あるのだが、日本では早川書房の『アンクル・アブナーの叡智』が生前に単行本化されていた18篇を、創元推理文庫の『アブナー伯父の事件簿』が単行本未収録の4篇を含む14篇を傑作集のかたちで収録していて、22話全て読める単行本が存在しない。できれば重複なしに全話読みたい。

【「史伝」考】
宮城谷昌光氏は小説執筆の傍ら評伝にも力を入れていて、それが『春秋名臣列伝』に始まる、文春文庫の一連の列伝シリーズである。読んでいてけっこうおもしろいのだが、ひとつモヤッとすることがあって、『三国志名臣列伝 後漢篇』の裏表紙の内容説明に「短編集」と書いてあったことである。
宮城谷氏の評伝と海音寺潮五郎らの史伝が同じものか違うものかはここでは議論しないが、海音寺の史伝(『武将列伝』『悪人列伝』など)について、執筆当時、評判はあまりよくなかったと聞いたことがある。どうも、文芸評論家は一連の史伝を「短編歴史小説」として読んだらしく、「できそこない」「未完成」みたいな評価につながったらしい。
確か『悪人列伝』の解説に書いてあったことだと思うのだが、史伝は明治大正期に森鴎外や幸田露伴が積極的に書いていたものの、その後廃れていて、海音寺はそれを復興しようとしていたらしい。それを受け継いだのが永井路子氏で、『悪霊列伝』という傑作がある。

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