親魏倭王、本を語る その10
【泡坂妻夫】
泡坂妻夫は本名を厚川昌男といい、紋章上絵師を生業としながらマジシャンとしても活躍した。それにミステリー作家という顔が加わり、実に三足の草鞋を履いた人だったが、作風はトリックを重視し、それゆえに舞台設定などにはやや無理があった気がする。
短編が多く、亜愛一郎シリーズや曾我佳城シリーズ、宝引の辰シリーズが知られる。 長編で読んだことがあるのは『乱れからくり』だけだが、社会派ミステリーの洗礼を受け、リアリズム寄りの作品が多かった1970年代では珍しく外連味のある舞台設定だったように思う。真相の意外性は申し分なかった。
【スパイ小説について】
スパイ小説というジャンルがある。ミステリーのサブジャンルの一つとされるが、スパイ小説はスパイ小説で一つのジャンルとしたほうがいい気もする。
ジャンルとしての嚆矢はジョン・バカンの『三十九階段』で、文豪サマセット・モームが自身の経験をもとに『秘密諜報部員』を書いているほか、アガサ・クリスティーも執筆している。第二次世界大戦以前の作家ではエリック・アンブラ―が有名である。
スパイ小説の黄金時代は第2次世界大戦後、冷戦真っ只中の1950~60年代で、イアン・フレミングとジョン・ル・カレが双璧ではなかろうか。 日本では三好徹がスパイ小説をよく書いていた。
【ミステリー小説の袋とじの話】
推理小説を中心に、本の結末部分に封をして刊行する「袋とじ」の風潮がある。最近は雑誌のグラビア(ヌードなど性的刺激が強いもの)に施されている場合のほうが多い気がするが、この袋とじを推理小説で初めてやったのはビル・S・バリンジャーの『歯と爪』で、「封を切らずに返品すれば返金します」と宣伝されていたという。
日本では、島田荘司氏の『占星術殺人事件』と北山猛邦氏の『「クロック城」殺人事件』が袋とじで刊行されたと聞いたことがある。どちらもトリックを図解しているので、ページを繰ったときの「不慮のネタバレ」を防止するためのものらしい。
【ヴァン・ダインの推理小説】
アメリカのミステリー作家、S・S・ヴァン・ダインは、「優れた推理小説は6冊以上書けるものではない」と公言していたが、実作でそれを証明してしまったところがある。彼には12冊の長編があるが、前半の6冊の評価が著しく高い一方、後半の6冊は『ガーデン殺人事件』を除いて評価が芳しくない。
ヴァン・ダインの作品は長編12冊すべてが創元推理文庫に収められているが、新訳の『ベンスン殺人事件』~『僧正殺人事件』以外は入手困難になっている。 最終作の『ウインター殺人事件』だけ極端に短いが、これは未完成である(決定稿でない)ためらしい。
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