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親魏倭王、本を語る その30

【『Ⅹの悲劇』と『Yの悲劇』】
どこかで偶然目にしたもので、ソースらしいソースはないというか、思い出せないのだが、エラリー・クイーンの『Xの悲劇』と『Yの悲劇』、海外では『Xの悲劇』のほうが人気で、日本では『Yの悲劇』のほうが人気だという。 両方とも呼んだが、『Xの悲劇』は純粋なパズラーで、『Yの悲劇』は上流家庭の崩壊というドラマ的要素を含んでいる。 イギリスでは「あらゆる小説は風俗小説である必要がある」と聞いたことがあるが、日本もよく似た感じで、推理小説に謎解きだけでなくドラマ性を求める風潮があるように思う。そうすると、家庭の崩壊という側面を持つ『Yの悲劇』のほうがおもしろく感じられるのかもしれない。
上流家庭の崩壊劇というと、S・S・ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』が真っ先に思い浮かぶ。他にはイーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』、横溝正史『悪魔が来りて笛を吹く』、泡坂妻夫『乱れからくり』などかな。

【伝奇とSFの融合】
意外と接点があるようでなかった伝奇小説とSF小説をくっつけることに成功したのは半村良氏の功績だと思う。
半村氏の小説はあまり読んでいないのだが、『産霊山秘録』は壮大でおもしろかった。これは日本の歴史を「《ヒ》一族」という、超能力を持った影の民の視点から描く。連作短編形式の小説である。ただ、いくつかのエピソードは独立していて、前後の章と繋がりがない。
冒頭に『神道拾遺』なる本からの引用があるが、これは半村が創作した架空の書物だという。こうした細かい設定が作品にリアリティを与えていておもしろい。ちなみに、確か集英社文庫版の解説に書かれていたと思うのだが、ある日、半村のもとに「私は《ヒ》一族の末裔だ」と名乗る人が訪ねてきたことがあったという。
代表作は他に『妖星伝』『石の血脈』『戦国自衛隊』などがあるが、いずれも未読。非SFでは『能登怪異譚』が知られる(「箪笥」がアンソロジーによく採録される)。

【西澤保彦氏の「酩酊推理」】
西澤保彦氏と言えば『七回死んだ男』などの特殊設定ミステリー(彼の場合はかなりSFミステリー的である)がよく話題になるが、実は、匠千暁シリーズを2冊と、ノンシリーズを1冊、いずれも普通のミステリーしか読んでいない。
彼の作風を表すのに、よく「酩酊推理」という言葉が使われる。匠千暁には「酒を飲むほど推理が冴え渡ってくる」という設定があり、彼が主人公のシリーズは主要メンバー外いつも酒を飲みながらディスカッションをしているのだが、例えば『麦酒の家の冒険』が典型的なのだが、西澤氏の特徴の一つに「繰り返される仮説の提示と破壊」があり、どちらかというと我々読者の側が酩酊していると言ったほうが正しいかもしれない。特に、西澤氏の作品でもとりわけ難読の名字が使われている『夏の夜会』は、ルビを探して何度も往復させられるのも相まって、その印象が強かった。
人に薦めるなら、やはり『麦酒の家の冒険』が無難だろうか。

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