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親魏倭王、本を語る その06

【ケストナーの大人向けユーモア小説】
ドイツのエーリヒ・ケストナーは『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』などの児童文学で知られるが、大人向けの小説もいくつか書いている。その中で有名なのが、ユーモア三部作と呼ばれる『雪の中の三人男』『消え失せた密画』『一杯の珈琲から』で、創元推理文庫に収録され、前者2冊は入手可能である。
このうち『消え失せた密画』だけ読んだことがあるが、これは古い細密画を巡る保険会社社員と盗賊団の攻防を描いた犯罪小説で、全編をユーモアで彩ったことで独特の味わいを醸し出している。主人公はオスカル・キュルツという肉屋の親方で、彼は単に巻き込まれただけ、これという活躍はしないが、味わい深い人物である。
先に書かれた『雪の中の三人男』は風刺色が強いと聞いたが、本書は風刺やブラックユーモアではなく、純粋な笑いをちりばめていて、読んでいて楽しくなる小説である。


【ディケンズのミステリー小説】
チャールズ・ディケンズは『オリバー・ツイスト』や『デイヴィッド・コパーフィールド』のような大河小説で知られるが、『二都物語』のような歴史ロマンも書いていて、意外と作風は幅広い。『バーナビー・ラッジ』や『荒涼館』はサスペンス小説で、後者は探偵役が登場するなど、ミステリー色が色濃い。また、前者もある事件にトリックを弄していて、ミステリーの萌芽が見られるが、「謎の論理的解明」を主題とするミステリーを完成させたのはアメリカのエドガー・アラン・ポーであった。
ディケンズと交流があったウィルキー・コリンズは『月長石』という長編推理小説を書いていて、それに触発されたか、ディケンズは晩年に完全なフーダニット形式(誰が犯人かが主題)の『エドウィン・ドルードの謎』の執筆を始める。しかし、この作品は作者の急逝で未完に終わってしまった。白水社と東京創元社から邦訳が出ていたが、後者は入手困難である。


【H・C・ベイリーの位置づけ】
H・C・ベイリーはイギリスのミステリー作家で、シリーズ探偵のレジナルド・フォーチュンが「シャーロック・ホームズのライバルたち」に挙げられることが多いが、彼がミステリーを書き始めたのは1920年と遅く(当初は歴史小説を書いていたらしい)、時期的にはアガサ・クリスティーやF・W・クロフツがデビューするなど、後に黄金時代と呼ばれる長編推理小説の全盛期に差し掛かっていた。ベイリーには長編推理小説も多いが、フォーチュンのシリーズは短編がメインで、当時としてはやや前時代的な印象がある。そのあたりも、ベイリーが黄金時代の作家ではなく、「ホームズ時代」の最後の作家と位置付けられる所以かもしれない。 邦訳は第一短編集『フォーチュン氏を呼べ』(論創社)と日本独自編纂の作品集『フォーチュン氏の事件簿』(創元推理文庫)があるほか、海外のアンソロジーへの収録がいくつかある。


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