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乱読のすすめ

子供のころから読書が好きだった。
どちらかというと勉強嫌いだったが、本を読むのは好きで、学校の勉強より個人的な読書で仕入れた情報のほうが昔も今も多いかもしれない。
学生時代を通じて勉強らしい勉強をしてきたわけではないのだが、そんな私の勉強法といえるのは「乱読」である。まあ、つまり「本を読め」ということだ。

本は新たな気付きを得るためのツールでもある。

本を読むのに、何かしらの目的意識を持って読む人もいるだろう。ただ、私はあまり賛成しない。下手に目的意識を持ってしまうと、読書が苦痛になってしまう。読書感想文を書く時、私はいつも課題図書を選ばず自由図書でばかり書いていたが、「読め」と言われてよむことと、目的のために本を読むことがとにかく苦手――というより嫌いだった。
SNSでもリアルでも、私は「博識な人」で通っているようだ。自分では雑学と思っているのだが、周りの人には知識・教養と映っているらしい。私は読書が好きだから本を読んでいるのであって、何かのために本を読んできたわけではない。だが、結果的にそうした読書の積み重ねが今の私を作り上げたわけである。
私のモットーは「幅広い物事に関心を持つ」「おもしろそうと思った本は迷わず買う」「自分の専門・非専門を意識するな」である。「幅広い物事に関心を持つ」ことは、自身の視野狭窄を防ぐことにもつながるので、自分の仕事や研究対象以外のものも積極的に見るようにしたい。そうして幅広い物事に関心を持つと、自然と読みたい本が増えてくる。そこで「おもしろそうと思った本は迷わず買う」ようにする。図書館で借りてもよい。そうして、自分の興味・関心が赴くまま本を読んでいく。この時、別に体系立てて本を読む必要はない。これは自身の経験からいうのだが、本を読み漁っていると、不思議なことに、よく似た分野の知識は自然と寄り集まっていくのである。この時、重要なのは、「迷わず買う・借りる」ことで、時機を逸すると本そのものが手に入らなくなることもあり、いつの間にか関心が薄れてしまっていることもある。「自分の専門・非専門を意識するな」というのは、自分の専門とする分野にこだわって、他の知識の収集をおろそかにするなということである。仕事柄、私も論文の執筆経験があるが、意外なところから「とっかかり」を得ることがあった。執筆中に壁にぶつかったとき、「あの本に何か書いてあるんじゃないか」と思って見に行き、救われたことが何度かある。私は元学芸員で、古墳時代を専攻していたが、考古学・民俗学を含む歴史全般に興味があり、気になる本は分野を問わず集めていた。特に、死についての関心から葬送や墓についての本は意識して集めるようにしていて、例えば考古学の論文を書いていても、民俗学の知見が必要になるケースが生じたりした場合に大いに助けられた。

道具類は昔から形状や用途が変わっていないものも多く、
民俗学における民具研究が考古学における道具の研究に役立つ。

私の経験から言うと、例えば考古学では道具の研究が一つの分野として確立しているが、道具の用途については民俗学における道具=民具の研究が役立つことがある。民俗学で記録された道具の用途から、使い方が推測できたりするのだ。そういうことがあるので、幅広い知識を身に着けることは大事であり、そのためには自分の専門・非専門にこだわらず本を読む「乱読」が重要だと思うのである。
勉強法といえるような内容ではないが、私の勉強法を紹介してみた。

#わたしの勉強法

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