在宅医療から生まれる臨床研究 - 現場の疑問からエビデンス構築へ
なぜ訪問診療医が研究に取り組むべきなのか
「研究なんて大学の先生がやることでしょう」「忙しい診療の合間に研究なんてできません」—こういった声をよく耳にします。確かに、日々の診療に追われる中で研究に取り組むのは簡単なことではありません。しかし、実は現場で働く医師だからこそできる、そしてやるべき研究があるのです。
研究というと、白衣を着た研究者が実験室で複雑な実験をしているイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし、臨床研究の本質は意外とシンプルです。世界中の既存の知見を調べ、まだ誰も明らかにしていないことを見つけ出し、それを明らかにすることです。確かに地味で時間のかかる作業ですが、その成果は教科書やガイドラインの一部となり、将来の医療を支える基盤となっていくのです。
在宅医療における研究の特殊性と重要性
在宅医療は比較的新しい医療分野であり、まだまだ研究の蓄積が不足しています。特に以下のような特徴があります。
既存の知見の不足
在宅での治療効果に関するデータが少ない
多職種連携の効果的な方法に関する研究が限られている
在宅特有の課題に関する研究が少ない
日本特有の課題
医療制度の違いにより海外の研究をそのまま適用できない
高齢化の進展に伴う独自の課題がある
家族介護を前提とした医療提供体制の特徴がある
現場からのエビデンス構築の必要性
実際の在宅診療の現場でしか得られないデータがある
患者・家族の生の声を研究に反映できる
多職種連携の実態を把握できる
研究の始め方:クリニカルクエスチョンの立て方
研究を始めるための第一歩は、適切なクリニカルクエスチョンを立てることです。日々の診療で感じる「もやもや」した疑問を、研究可能な形に整理していく必要があります。
PICO/PECOフレームワークの活用
例えば、「高齢の心不全患者さんに対して、在宅でのリハビリテーションは、通所リハビリと比べて効果に違いがあるのだろうか?」という疑問を例に取ると
P(Patient/Population):高齢の心不全患者
具体的な年齢範囲
心不全の重症度
併存疾患の有無など
I/E(Intervention/Exposure):在宅でのリハビリテーション
リハビリの具体的な内容
頻度
実施者など
C(Comparison):通所リハビリテーション
比較対象の明確化
標準的なプログラムの内容
O(Outcome):期待される結果
運動機能の改善
QOLの変化
入院回数の減少
医療費への影響など
といったフレームに分類することができます。
研究の実践:具体的なステップ
1. 文献レビュー
まずは既存の研究を丁寧に調べることから始めます
PubMed、医中誌などのデータベース検索
システマティックレビューやメタ分析の確認
ガイドラインの参照
2. 研究デザインの検討
研究の目的に応じて適切な研究デザインを選択します
症例報告・症例シリーズ
後ろ向き観察研究
前向きコホート研究
ランダム化比較試験
質的研究
3. 倫理的配慮
研究を始める前に必要な手続きを行います
倫理委員会での審査
インフォームドコンセントの取得方法の検討
個人情報保護への配慮
4. データ収集と分析
実際のデータ収集と分析を行います
データ収集方法の標準化
適切な統計手法の選択
結果の解釈
研究を継続するためのポイント
1. 時間管理
診療の合間に研究時間を確保
無理のないスケジュール設定
チームでの分担
2. サポート体制の活用
統計の専門家への相談
研究経験者からのアドバイス
学会や研究会での発表による feedback
3. モチベーションの維持
小さな目標設定
定期的な進捗確認
研究仲間との情報交換
まとめ:現場からのエビデンス構築に向けて
在宅医療の質を向上させるためには、現場からのエビデンス構築が不可欠です。大学や研究機関に所属していなくても、日々の診療の中から研究テーマを見出し、実践することは可能です。
重要なのは、完璧を目指すのではなく、できることから少しずつ始めることです。例えば、症例報告から始めて、徐々に研究の規模を広げていくというアプローチも有効です。
また、研究は決して孤独な作業である必要はありません。多職種チームでの共同研究や、他施設との連携研究など、様々な形態が可能です。
私たち在宅医療に携わる医師には、現場の経験を次世代に伝える責任があります。日々の疑問を研究という形で検証し、エビデンスとして積み重ねていくことで、より良い在宅医療の実現につながるのです。研究は決して特別なことではありません。むしろ、より良い医療を目指す私たちの日常の延長線上にあるものなのです。