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「張り込みにはパンと牛乳を②」


午前2時の代官山。

近くでアパレルブランドの展示会があったらしく、業界を騒がす著名人や芸能人・モデルらしき若い男女が集まったせいか、この時間でも楽しそうな話し声が街に響いている。



「代官山はいつも賑やかだな」

ベテラン刑事の和さんが、少しかすれた声でそう言った。


「やれやれ、同世代とは言え、あんな奇抜なファッションが出来るなんて、ほんと感心しますよ。和さんの娘さんも大学を卒業したら、アパレル関係の仕事に就くんでしたっけ?」

和さんこと「木下和宏」には、別れた奥さんと今年大学を卒業する娘さんがいる。奥さんは実家の岡山に住んでいるらしいが、娘さんは大学に進学するために東京に上京し、和さんの住むマンションの隣に部屋を借りて住んでいるらしい。


「聖也、お前みたいな奴には梨奈は紹介しないからな」

和さんは娘さん(高山梨奈)の話題を出したことに、口元を緩ませながら、ちくりと釘を刺すような表情でそう言った。


「和さん、すいません。和さんは梨奈ちゃんの話題を出すと弱いですからね。もう言いませんよ。捜査に集中しましょう」

和さんは呆れた顔でこっちを見たが、しょうがない奴だと笑ってくれた。



「よし、そろそろ動きがありそうだから、その前に聖也、悪いがパンと牛乳でも買って来てくれないか?」

和さんの刑事としての勘が、この事件に進展があることを弾き出したらしい。



「おあつらえ向きの展開になって来ましたね。分かりました、仕入れて来ます」

そう言って車から出ようとしたその瞬間、「コンコン」と窓ガラスを叩く音がした。



「聖ちゃん、お疲れ様。そろそろお腹が空いた頃と思って、お母さん差し入れを持ってきたの。良かったら食べて。和さん、今日もお仕事お疲れ様です。今日は賑やかな場所が現場で、人通りも多くて大変ね」

そう言いながら車の後部座席に乗り込んできたのは、またしても私の母の「丸山玲子」だった。



「玲子さん、困りますよ。いくら聖也が心配だとは言え、張り込みの現場に差し入れを持ってくるなんて。前回、あれほど言ったじゃないですか。おい、聖也、お前も玲子さんに何とか言え」

和さんは前回よりも呆れた顔で母と私を見ながら、「刑事とは」を語り始めようとした。



「しかし、母さんはどうやって今日の現場が分かったんだ?前回のことも踏まえて、この何日か仕事の話はしないようにしていたのに…」

和さんの話を遮るように自分の疑問を母にぶつけてみたのだが、母はさらりと質問をかわして説明をし始めた。


「ふふふ。聖ちゃん、あなたの行動はお母さんにはお見通しなのよ。どうやって調べるかは内緒ね。ロンドンではディーンの現場にもよく差し入れを持って行ったものよ。さあさあ、飲みましょう。和さんも、はい、どうぞ」



「そんな…母さん…」

大学時代に行動心理学を勉強していただけあって、母「丸山玲子」の口からは私の行動パターンに関して恐ろしいほどの情報が出てきそうだった。幼い頃、父との別れの際に、母の推理と心理学には気をつけろと言われたのを改めて思い出した。


「聖也…」

和さんは私の落胆を悟るように首を振りながら逆らわないよう合図をし、母から差し出されたカップを手に取った。



「玲子さん、今日も美味しいですね。これは何ですか?」


「和さん、今日ご用意して来たのは緊張が続いて頭が痛い時や肩こり、同じ姿勢で血や体液の巡りが悪くならないようにお手伝いするローズマリーがメインのハーブティーよ。それと、脳の働きを活性化するピーナツバターとアガベシロップを使ったクッキー作ってきたの」



肩こりや頭痛、集中力回復におすすめ!ローズマリーハーブティー(1人分)


材料:ドライハーブ

   ローズマリー 0.5g

   ペパーミント 0.5g

   ハイビスカス 0.5g

   ドライフルーツ

   パパイヤ、ラズベリー、
   
   ストロベリー、マンゴー計2g(各0.5g)


「甘酸っぱくてスッキリする味でしょ。やっぱりお茶は美味しいいのが一番よ。それと、クッキーも」




アメリカンカントリー風ピーナツバタークッキー(約8枚分)


材料:ピーナツバター 200g

   薄力粉 60g

   強力粉 60g

   無塩バター 100g

   アガベシロップ 70g

   卵 1個




「ローズマリーは血行を良くして体を温めたり元気にする働きがあるのよ。そして、お砂糖で急に血圧が上がり過ぎないようにアガベシロップを代わりに加えているの。甘味も必要だし、でも糖分を控えたいときはアガベシロップやドライフルーツを使うのが有効なのよ」


「これはいいや。梨奈もこんなお菓子が作れるようになればいいのだが」



母の甘い差し入れと、時折垣間見せる鋭い洞察に複雑な表情を浮かべている私と対照に、和さんは娘の梨奈ちゃんの育て方について母と何やら話をしている。
この場を離れて代官山の喧騒の中に紛れ込みたいとドアレバーに手をかけようとしたその瞬間、我々が見張っていた容疑者らしき男の姿が見えた。




「和さん、アイツです!」




つづく

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