「張り込みにはパンと牛乳を①」
午前5時の芝浦埠頭。
昨晩の雨の影響を受けたせいか、ひんやりとした肌寒さを感じる。
外灯には霧がかかり、視界はあまり良くない。
連日続く張り込みのせいか、今日は特に気怠さが襲いかかってくる。
「聖也、少し休んでいいぞ」
ベテラン刑事の和さんが、少しかすれた声でそう言った。
「和さんこそ休んでくださいよ。自分はまだまだ元気ですから」
和さんこと「木下和宏」は同じ刑事部捜査二科に所属するベテラン刑事。
昔の職人のような頑固な気質を持っている一匹狼タイプで、他の刑事と組むことは少ないが、自分に対しては比較的温かく見守ってくれることの方が多い。
ちなみに奥さんと子どもとは仕事のせいですれ違いが起こり、10年ほど前に離婚している。そのせいか、時折哀愁のある表情を見せているが、和さんはそのことに気付いてない様子だ。
和さんとはコンビを組んでまだ2ヶ月だが、いかにも刑事という服装・聞き込みのスタイルなどは自分の理想の刑事像と一致するので、できるだけ和さんから多くのことを学びたいと思っている。
「よし、そろそろ動きがありそうだから、その前に聖也、悪いがパンと牛乳でも買って来てくれないか?」
和さんの刑事としての経験と鋭い推理力が、この事件に進展があることを弾き出したらしい。
「おあつらえ向きの展開になって来ましたね。分かりました、仕入れてきます」
そう言って車から出ようとしたその瞬間、「コンコン」と窓ガラスを叩く音がした。
「聖ちゃん、お疲れ様。そろそろお腹が空いた頃と思って、お母さん差し入れを持ってきたの。良かったら食べて。和さん、いつも聖也がお世話になっています。和さんの分もご用意して来ましたから、ぜひどうぞ」
そう言いながら車の後部座席に乗り込んできたのは、残念ながら私の母親の「丸山玲子」だった。
「玲子さん、困りますよ。いくら聖也が心配だからとは言え、張り込み現場に差し入れを持ってくるなんて。聖也もなんで現場を玲子さんに漏らしてしまったんだ。刑事の行動は原則秘密、情報漏洩になることはするなと何度も言っているだろう」
和さんは呆れた顔で母と私を見ながら、「刑事とは」を語り始めようとした。
「和さん、聞いてください、母にこの張り込みを伝えてはいません」
「そうよ、和さん、聖ちゃんからは何も聞いていませんのよ。どちらかと言うとお二人の行動を予測した私の推理力を誉めて欲しいわ。今日だって車の中で何時間も居るんだから、色々乾燥しているんじゃないかと心配して、喉に良くて乾燥から身を守るブレンドハーブティーを用意してきたのよ」
丸山玲子こと母は、若い時に世界中をバックパッカーとして旅をして、各国の料理や飲み物を習得してきた異色の料理家だ。20年前に父と離婚して現在は都内で料理教室を開いている。
「玲子さん、しかし…」
「いいの和さん。和さんと私の間柄じゃないの」
和さんと母、そして私の父は大学時代の同期であり、2人は知らない間柄ではない。
ちなみに和さんは母の紹介で親友の女性と結婚し、離婚しているので母に対して申し訳ないように思っているようだった。
「じゃあ、玲子さん、すみません、いただきますよ」
「はい、どうぞ。聖ちゃんも飲んでね。今日用意して来たのは…」
乾燥する時期におすすめ!マリーゴールドブレンドレシピ(1人分)
材料:マリーゴールドドライハーブ 約1g
シナモンスティック 約2cm
オレンジピール 約2g
レモンピール 約1g
ハチミツ 2g
お水 200cc
「それと、お腹も空くと思って…」
全粒粉を使ったスコーン(10個分)
材料:強力粉 100g
全粒粉 50g
きび糖 17g
ベーキングパウダー 12g
無塩バター 40g
豆乳 100ml
コリアンダー 小さじ1
ナッツ、レーズンはお好み
スパイス風味のブルーベリージャム
材料:ブルーベリー 300g
アガベシロップ 100g
レモン果汁 小さじ2分の1
シナモン 10g
クローブパウダー 5g
「全粒粉のスコーンを作ってきたわ。アントシアニン配合で目にも良いとされるブルーベリーのジャムで食べてね。あの人もよくこのスコーンを食べて仕事していたのよ」
母の強引な差し入れにより、車の中は甘い匂いで充満したせいか、和さんも私も何だかものすごい眠気に襲われ始めた。その様子とは裏腹に、母・玲子は溌剌とした表情を浮かべている。
「やっぱり玲子さんの料理は美味しいですね」
和さんが母に気を遣っておせいじを言ったその瞬間、我々が見張っていた容疑者らしき男の姿が見えた。
「和さん、アイツです!」
つづく