
温泉研究家物語 第四話「信州の秘湯を訪ねて」
温泉研究家物語 第四話「信州の秘湯を訪ねて」
一 信州への誘い
千路座右衛門と希依は次なる目的地に、信州(現在の長野県)の秘湯を選んだ。信州は豊かな自然と湧き出る温泉の多さで知られる土地だ。今回は、人里離れた山中に隠れる秘湯「白骨温泉」を訪ねることにした。
「白骨温泉……その名からして興味深い。湯の中に骨が見えるということか?」
「そうではありませんよ。」
希依は笑いながらタブレットを見せ、現代の解説を読み上げた。
「白骨温泉の名前は、湯に含まれる石灰分が白く沈殿することから来ているんです。その湯の効能は、古くから胃腸病や神経痛に効果があると言われています。」
「なるほど、成分がその名を生むとは……江戸時代にはそのような分析はされておらなんだ。」
二人は電車を乗り継ぎ、信州の山奥へと向かった。車窓から見える美しい山々に囲まれた風景が、千路座右衛門の探究心をさらにかき立てた。
二 秘湯への道
信州の玄関口である松本からさらにバスを乗り継ぎ、二人は白骨温泉へと近づいていく。しかし、温泉に到達するにはさらに山道を歩かなければならなかった。
「拙者が旅をしていた頃の道に比べれば、現代の道は格段に歩きやすいな。」
「でも、こういう山道って疲れますね……。」
希依は息を切らしながら歩くが、千路座右衛門は険しい道にも慣れているのか軽快な足取りで進んでいく。
山道の途中、二人は湧き水が流れる小川を見つけた。その水は透明で冷たく、飲むと不思議なほどの清涼感が広がった。
「これほどの水が流れる地なら、温泉もさぞ良質な湯であろう。」
千路座右衛門の言葉に、希依も期待を胸に歩を進めた。
三 白骨温泉との出会い
ようやく白骨温泉に到着した二人を迎えたのは、静寂と霧に包まれた山中の湯の風景だった。白く濁った湯がゆっくりと湧き出ており、周囲には木造の湯屋とその独特の香りが漂っていた。
「これが……白骨温泉か。」
千路座右衛門はその場に立ち尽くし、しばし湯の様子を眺めていた。
「この湯の濁りはまさに地中の力が湧き出ている証拠だ。湯の温度、香り、そして周囲の環境……どれも自然そのものだな。」
希依は持参した成分分析キットで湯を調べ始めた。
「この湯にはカルシウムやマグネシウムが多く含まれています。昔の人たちが胃腸病に効くと言っていたのも、これなら納得ですね。」
二人は地元の湯守から話を聞き、湯が長年どのように利用されてきたかを知った。湯守によると、白骨温泉は江戸時代から湯治場として知られ、戦国時代には武士たちが傷を癒すために訪れたという。
「湯守の存在もまた、温泉文化の重要な要素だな。この湯を守り続けることが、未来に繋がる。」
四 湯の効能を試す
宿泊先の温泉旅館では、二人とも実際に湯に浸かることにした。白濁した湯に浸かると、体全体が包み込まれるような感覚が広がった。
「この湯は……ただ温かいだけではない。肌に纏わりつくような柔らかさがあるな。」
千路座右衛門は湯の感触に驚きを隠せない。
「白骨温泉って『三日入れば三年風邪をひかない』と言われているんですよ。」
希依が湯船に浸かりながら説明する。
「なるほど、それほどの効能があるということか。この湯に触れた者は、自然の恵みを全身で感じ取るだろうな。」
湯船の横には、湯の成分表が掲示されており、希依は千路座右衛門にそれを見せた。現代の技術で可視化された湯の特徴に、彼は目を輝かせた。
「このように詳細に記録する手法は、江戸時代には夢物語だった。現代の科学が湯の価値をさらに高めておるな。」
五 湯治文化と地域の未来
翌朝、二人は地元の住民と話をしながら、白骨温泉の未来について考察を深めた。観光客の増加により、温泉地としての魅力が向上する一方で、環境への負荷や地域の伝統が薄れつつあるという課題も浮かび上がった。
「現代では温泉が観光の目玉となることは喜ばしい。しかし、湯治場としての本来の役割が失われては元も子もない。」
千路座右衛門の言葉に、希依も真剣な表情で頷いた。
「観光と伝統のバランスを取るのって難しいですね。でも、こうして地域の人と話すことで何かヒントが見つかるかもしれません。」
地元の湯守たちが語る、湯を守り育むための努力や信念は、二人にとって大きな刺激となった。
六 次なる温泉地へ
白骨温泉での調査を終えた二人は、次なる目的地を話し合った。千路座右衛門は、自分が江戸時代に訪れられなかった温泉地への関心を強めていた。
「信州の湯は、自然そのものが湯治場を育てておる。次はどのような湯が我々を待っているのか……楽しみだ。」
「次は日本海沿いの温泉地なんてどうですか?絶景の海と温泉が楽しめますよ!」
二人は期待に胸を膨らませながら、旅の準備を整えた。信州の秘湯で得た新たな知見を胸に、次の温泉地へと向かう。
第四話完