失恋する私の為の人生見直し映画コラム ⑤「カラー・オブ・ハート」
人生最大で最後の失恋(と思いたい)から半年。
さすがに心の痛みは少しずつ癒えてきていると感じる。あの時は「恋愛」という列車(のぞみとかこだまのようなものだと思って下さい)から強制的に下車を促されて(まったく誰がどんな権限を持って?と問いたいよ)、自分の足で目的地に向かうように示された(これまた、それがどんな場所かは決して教えてくれないのだ)。進み始めてみると、自分の足の裏の幅しかない道が付いた崖があった。ここをつたい歩き、進まないと、他に道はないようだ。もう崖の下見えてるし、怖いし、え〜本当にこの道しかないの?何の罰?何で私ばっかり、私ばっかりって泣きながら叫んで、手探りで、とにかく前進しようともがいてきた。
そして今、やっと、ポカポカ日の当たる山の中腹の広い場所に出ることができました。見晴らしがいい場所で、目的地らしい場所は眼下に見えています。少し距離はあるけど、少しづつ進んで行けばきっとたどり着けるでしょう。でも、もう少しここで一人でいたい。恋愛という訳の分からないアクシデントがなければ、今までの人生だって、そこそこ楽しかったし、幸せなこともあったよな、などと風に吹かれてぼんやり座って考えていたい。
基本一人でいるのが好きなのが、自分の恋愛の一番の敗因だということは薄々分かってきた。何か「付き合う」とかいう感じがいまいちピンとこないまま、今まできてしまった。だけどそういう関係になれなかったら、永久に「失恋」状態ということになるんだろうなあ、と人ごとみたいに思ったり。
恋愛しているときよりも、恋愛と恋愛の間のこうした心穏やかな時間が好きだ。実際に恋愛するよりも、恋愛について色々考えている方が好きだ。私にとって恋愛とは遠くにありて思うものなんだ、とおぼろげに思う。
54才で迎えた新たな失恋はいろんなことを教えてくれた。
もう決して、自分は若者ではないこと。
過去はどう悔やんでも、後戻りしてやり直すことは出来ないこと。
ただ、今の自分より確実に未熟だったはずの、過去の自分に救われることもあるのだということも。
映画は私の宝物だった。
東京でのフリーター暮らしの後、東京近郊で派遣社員として十年以上働いた。そして、現在、実家で、亡くなった父親の商売の跡を継ぐ形になるまで、仕事仕事で忙しくしていて、あっという間に時間が過ぎていった。その間ほぼ三年周期で恋愛し失恋し、連戦連敗状態。気が付いたら54才の今年、25才も年下の子に失恋し、はたと気づいた。私には何もない。もう若さもない、結婚もしてなければ、相手もいない。子供ももう持てない。
何してたんだろう私、年だけ積み重ねていって何も残せなかった。
ただ映画だけは一生懸命見てたなと思い出し、このコラムを書くために、昔見た映画を見直すことにしたのだ。すると「当時の自分」が、何気なく見ていた映画が「今の自分」を励ましてくれる宝物になっていることに気がついた。「映画館で大好きな映画を見ていた時の自分は本当に幸せで、贅沢な時間を過ごせてたんだよ。」と「当時の自分」が教えてくれたのだ。
胸を張って自慢できることが何一つない、ヘタレな、自分。恥ずかしくて同窓会に出たこともない。夢を実現するために、踏ん張ることも出来ず、なんとなく周りに流されるように生きてきた、根性なしの自分。そんな自分を少しも好きになれなかった。
でもなんとか、いろんな人に救われたりして、しのいできたじゃない。どんな仕事でも真面目に取り組んできたことも評価しようよ。恋愛に関しても真面目すぎたのかな。映画を見直して見えてきたのはそんな自分。
捨てたもんじゃないよ。一生懸命だったことは認めよう。
自分らしさを肯定するのは案外難しい。映画「カラー・オブ・ハート」の主題もそこだと思う。
1999年、飯田橋ギンレイホールで見た映画。「ラウンダーズ」と二本立てで上映されていた。私は「ラウンダーズ」にどハマりしていたので、「カラー・オブ・ハート」の方はぼんやりとした記憶しかなかった。フィオナ・アップルのカバー曲の主題歌「アクロス・ザ・ユニバース」が印象に残っていて、この曲が効果的で泣いた映画だったなあ、と思い今回また見てみようと思ったのだ。
主人公のデイビット(トビー・マグワイア)は、1950年代のアメリカの古き良き時代が舞台のドラマ「プレザントヴィル」にハマっているオタクな高校生。シングルマザーの母親と、双子の兄妹ジェニファー(リース・ウィザースプーン)と暮らしている。週末の「プレザントヴィル」の一挙放送の日を楽しみにしていた。
ジェニファーはデイビットとは正反対で、ちょっとススンでいてイケてる高校生。日本だったら、スクールカーストの上位に位置するグループにいる雰囲気の女子。週末は母親が旅行で留守にするので、MTVを見ることを口実にボーイフレンドを家に誘うことに成功した。
土曜日の夜、母親が出ていってから、兄妹はテレビのリモコンの争奪戦をしていた。奪い合いによってリモコンが壊れ、偶然直しに来た謎の電器屋の画策により、2人は白黒画面の「プレザントヴィル」の世界に送り込まれてしまう。
毎日、最低気温22度、最高気温22度に保たれ、快晴の日しかない街「プレザントヴィル」。人々は古き良き時代の理想的で、愉快な、予定調和の世界観の中で穏やかに平和に暮らしていた。
この世界観を熟知している、デイビットはともかく、ジェニファーは戸惑うことばかり。退屈になったジェニファーが暴走し始めたため、「プレザントヴィル」の世界は何だかめちゃくちゃなことになっていくという、ファンタジー映画。
ああ、そうだったこういう話だったよな、とストーリー全体は少しずつ思い出されてきた。ただ、今回見直したら、当時は気づかなかった部分が一番印象に残った。
この映画は、PG12に指定されている映画なのだった。「プレザントヴィル」の住人は、双子の兄妹の乱入で色んな自我に目覚めていくようになり、白黒から色鮮やかな世界に羽ばたいていくのだが、中でも性に目覚めていく描写も多いので、ちょっと子供には、ということなのだろう。
ジェニファーはリアルな世界でもススンでいる高校生だから、性の概念のない「プレザントヴィル」内の同級生にセックスを教えたり、母親ベティに夫なしでも楽しめる性行為を伝授したりしてしまう。そのくせ自分は他の子のようにセックスによって何も変化がないのを疑問に思うようになる。誰よりも場数は踏んでいるはずなのに・・・。ジェニファーはオクテなデイビッドに相談するのだ。
この時の、答えとデイビッド役のトビー・マクガイアの表情が大好きだ。彼はただでさえ大きな目をさらに見開き、真顔で「量じゃないのかも。」と答える。
この時の「何故?」がきっかけになり、流行に敏感なジェニファーは、「プレザントヴィル」内で流行しはじめた読書にハマっていく。おそらく、本人曰く「ちょっとエッチ」な本である「チャタレー夫人の恋人」を、ボーイフレンドの遊びの誘いを断ってまで読み進めていくのだった。誰よりもわかっていたつもりだった、性というものの深淵とその不思議さ。
私自身のことを言えば、決して今まで満足な性生活を送ってきたわけではない。ただ日本人の何人が完全に満足なそれを送れているのだろう。しかしそれでもいいのである。そこで自信を失う必要もないし、無理に充実させようとしなくてもいいわけである。何故ならそれは「量の問題ではない」から。
生まれて初めて、最後まで本を読み通したジェニファーにもやっと変化が訪れる。今回この映画を見直してみて、ジェニファーの描き方に感銘を受けた。私もこれから年を重ねていく上で、自分の性に対してどう向き合っていくか、答えを見つけた気がする。チャタレー夫人のロレンスもいる。日本にだって谷崎潤一郎もいるじゃないか。多くの先人も生涯にわたって、追求し続けてきた永遠の課題なのだ。私ごときが、まだ54歳の若輩者が、悟ったり諦めたりはちゃんちゃらおかしいのである。
さて映画の主題についてですが
ちょっと前置きが長くなってしまったが、今回もう一つ新たに気がついた場面がある。当時はピンと来なかったが、今の自分が一番共感できた場面。
主人公、デイビッドがリアルな世界に戻る(これはまあ、お約束な展開でしょうね)と、旅行に行くのを取りやめた母親が泣いていた。
「恋人が年下でも、私は若返らない。」空しいと。そう母親は若い恋人と旅行に行こうとしていたのだ。
「昔は不満なんてなかった。世間並みの家と世間並みの車。ごく普通に・・・」
と母親が言うのに、「普通っていう基準はないよ」と慰めるデイビッド。
「40才でこれじゃだめね」と母親はため息をついて泣き笑い。
「こうでなきゃってのはないよ」少したくましくなった息子はまた、こう言って母の涙を拭いてやるのだった。
「カラー・オブ・ハート」は、これから世界が「多様性」を認めようという方向にどんどん進んで行くが、その先駆けとなる映画の一つだったと思う。だが、この映画は、色んな人の「多様性」を認めようという、上からの視線じゃなくて、誰の中にも「多様性」というものはあり、まず自分がそれを認めて、許し解放していく大切さと難しさを描いているんじゃないかと、現在の私はやっと気がついた。主人公の母親に共感できる年になったからだろうね。年をとっていくと、いいこともある。
アメリカ映画はやはりすごい
「ラウンダーズ」「カラー・オブ・ハート」両方とも同じ時期に作られた映画だが、やはり脚本が相当練られていて、ディティールも緻密に作られている。作品の内容をここまで掘り下げて感想を書けるのは、何層にも重ねられ工夫されたデコレーションケーキのように味わい深い贅沢な作品だからである。しかも私好みのビターなチョコレートや洋酒をたっぷり使ったような大人向けの。
監督には触れてこなかったが、「ラウンダーズ」のジョン・ダール、「カラー・オブ・ハート」のゲイリー・ロスにも敬意を示したい。ありがとう、私にここまで色々な気付きを与えてくれて・・・❤️
私がこれから映画について恩返ししていけること。好きな作品のいいところをたくさん見つけて、こんなにスキだよ〜と言い続けること。